〈短編小説〉煌めく線香花火・第2話
高校2年生の春の教室で小川くんは私の前に現れた。私の名字が加藤だから席順が私の前だった。
小川くんは身長が180cmくらいあって、152cmの私は小川くんの背中が壁みたいに見えた。その時はただ「でかい男の子がいるなぁ」と思っていた。
小川くんを好きになってしまったのは多分、あの走り高跳びのジャンプを見た時だと思う。
私が入っている合唱部の練習をする教室は1階のグラウンドの目の前にあって、その教室の前に陸上競技部が走り高跳びのマットを置いて練習していた。
歌の練習の休憩中にそのマットの近くで見覚えのある大きな背丈の人を見て、誰だろうと目を凝らしたら小川くんだった。
最初の自己紹介で陸上競技部って言ってたけれど走り高跳びだったんだと思いながら見ていると小川くんが跳ぼうとしているバーの高さにびっくりした。
めちゃくちゃ高い。私の身長なんか余裕で跳び越えて、もしかしたら小川くんの頭よりも上にバーがあるんじゃないかってくらい。
小川くんはマットからゆっくりと歩いて離れて、白線が引いてあるところに着くとマットに体を向けた。タイミングを計っているみたいに体を揺らしている。
本当にあれを跳ぶつもりでいるんだ。跳べるって信じているんだ。たまに寝癖をつけている後頭部ばかり見ていた小川くんの真剣な顔を初めてちゃんと見た。
やがてその時が来て小川くんは走り出した。テンポを掴むようなゆったりとした助走からどんどん速くなっていく。そしてマットに近づくと体を傾けてカーブを描き出した。
バーの目の前で最後の一歩を踏み込んで跳ぶ瞬間、私は小川くんと目が合った。でも、もしかしたらそれはバーを見た延長線上に私がいて、たまたま目が合ったみたいに見えたのかも知れない。
でも私は目が合ったその瞬間をいまだに覚えている。跳び上がる前のほんの一瞬、私はきっとその時、小川くんを好きになってしまった。
踏み切って跳び上がった小川くんは背中を地面に向けて宙に浮かんだ。バーの上を悠々と跳んだ。小川くんの足がキラキラと光って、それは履いているスパイクのピンだった。
煌めいて、落ちていった。まるで流れ星のようにバーの上を光が走り去る。
背中をマットに着地させた小川くんはその勢いのままマットの上ででんぐり返しをして起き上がった。高い位置に置かれたバーは小川くんが跳ぶ前と跳ぶ後でなにも変わらないまま、ただそこにあるだけだった。
「すごいっ!!!!」
私は思わず叫んで拍手した。さっきまで大きな声で歌っていたから、その音量のままに叫んでいた。小川くんも、その周りの人も振り向いて私を見た。
でも叫びたくなるくらい本当にすごく高く跳んだ。いつもこの教室の前で陸上競技部が走り高跳びの練習をしていたのに跳ぶ瞬間をちゃんと見たのは初めてだった。
それから小川くんはなぜかこっちに歩いてきた。顔や髪に土をつけて部活のTシャツを着ている小川くんはいつもの教室にいる時とはちょっと違った。
窓際に来て小川くんは私に言った。
「見ててくれてありがとう。いまのジャンプ、俺の自己ベストだったんだ」
見てくれた人がいて嬉しかった、と言って小川くんはまたマットのほうへ戻っていった。
急にそう言われてなにを話したらいいか分からないまま小川くんは遠のいていく。休憩の時間が終わって私はまた歌の練習を始める。
小川くんの声はあんなに体が大きくて高く跳べるのに優しい音がした。小川くんはどんな声で歌うんだろうと考えていたら歌詞が飛んだ。
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