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〈掌編小説〉 『鯨』

〈掌編小説〉 『鯨』

「僕、実は鯨なんです」
 最近よく顔を見るようになった男はそう言った。私が働いている定食屋でいつも唐揚げ定食を食べている。27歳の私と歳の近そうな男だ。
「わざわざ大海原から遥々いつもありがとうございます」
「いえ、海と比べたら陸なんて大した広さではないので」
「それでも泳ぐよりは遠いでしょう」
「この2本足というのが面倒で」
「いつもはヒレですもんね」
「そうではなくて、4本あるんだったら4本使

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法で裁けない悪に走らせたい彼女は人を殺さないお酒で長生きする(掌編小説)

 手の傷に沁みるアルコール消毒液を我慢していると「その傷、なにでやったんですか」と聞かれ、倫理と道徳の隙間を突いたセックスの一環でつけたものだと一言目には言えなかった。この店は入る時にゴム手袋をした女の人が客の手を揉みながらアルコール消毒するのがウリで密かに人気を得ているらしく、ゴムの性能を信用しないと入れない店だ。いつも自分で揉み込んでいるものを他人に揉み込まれると人権を一部奪われた気がする。あ

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