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"upright"は上が正しい?

 “upright”という英単語がある。意味は「上が正しい」とか「右上」ではなくて、「まっすぐ上向きになっていること」である。 飛行機のアナウンスで、「座席の背もたれを元の位置に戻して下さい」などと言うときに

Please return your seat to the upright position.

というのが決まり文句になっている。 とわけで、厳密に垂直ではないか、座位とか立位とかで上向きに立ち上がっているポジションを指す。

 この”upright”だが、医療の現場でけっこう頻繁に使われる。というのは、体内の空気や液体は重力の影響を受けて移動するからだ。例えば、胸部ポータブルX線を撮影するときに、気胸とか胸水とかを疑っているのであれば、”Upright film, please.”と(丁寧に)お願いする。空気は重力で上に、液体は逆に下に行くので、この方が見つけやすくなる。

Air is present under the diaphragm in the upright film.

であれば、腹腔内にfree airがあることを意味するので、腸管破裂を強く疑う。というわけで、何かと便利なので、”upright”は覚えておくことをおすすめする。

 ”upright”に関連して、体位によって呼吸困難や低酸素血症の程度が変化する病態がある。臥位で呼吸困難が悪化する方はおなじみの"orthopnea"(起坐呼吸)で、うっ血性心不全で起こりやすい。その他に、神経筋疾患で起こることもあり、その場合は、uprightの体位に比べて臥位になると腹腔内圧によって横隔膜が下がりにくくなるのが機序である。

 逆に、臥位よりも”upright”の体位で呼吸困難や低酸素血症が悪化することもある。それぞれ”platypnea”、”orthodeoxia”と呼ぶ。日本語ではそれぞれ「扁平呼吸」「体位性脱酸素現象」というらしいが、なんとなく分かりにくい感が否めない。というわけで、分解して語源から検証してみる。

 ”orthopnea”や”platypnea”の”-pnea”の部分は、ギリシャ語で「呼吸」を意味する。では、頭にある”ortho-”と”platy-”は?というと、こちらもギリシャ語で、それぞれ「上向き」と「平ら」を意味する。”ortho-”はちょうど先ほどの”upright”に相当するわけである。

 それぞれの意味は、”orthopnea”は「上向きでの呼吸(の方がしやすい)」、”platypnea”の方は「横になっての呼吸(の方がしやすい)」ということで、先のようにそれぞれ「起坐呼吸」と「扁平呼吸」となる。「扁平」というのは、平らな体位のことだったわけである。

 ”orthodeoxia”は、先ほどの”ortho-”に”-deoxia”が付いた用語で、後半はさらに酸素を示す”-oxia”と、反対の意味を示す接頭語の”-de-”に分けられるので、まとめると「立位で酸素化が悪くなる状態」となる。「体位性脱酸素現象」と言われてもピンと来ないようにも感じるが。

 ”platypnea”と”orthodeoxia”が起こる原因として、肝硬変患者での”hepatopulmonary syndrome”があり、『フレームワークで考える内科診断』にも登場する。「肝肺症候群」と訳されるこの病態では、肝疾患によって肺底部の毛細血管が拡張し、血液が肺胞からの酸素を受けとる前に通過してしまうために、機能的なシャントになっている。肺の血流は重力に依存し、立位や座位では肺底部の血流量が増え、そのぶんシャントが増えるのでこのような徴候が生じる。呼吸困難を訴える肝硬変患者に、臥位よりも座位(または立位)の酸素飽和度が低下すれば考慮する。 ”platypnea”や”orthodeoxia”のその他の原因には、心房中隔欠損(ASD)や卵円孔開存(PFO)もある。