真の意味で話を聞くとは [小説 南の国⑥]

この小さな村にも書物は存在している。
羊皮紙の物から高価な紙のものまで形や材質は様々だ。
 大昔は高価な物として貴族や研究とかの偉いところしか所蔵できなかったらしいが、魔法との組み合わせによって今は庶民にとって身近な物として存在している。

と、本一つとっても歴史があるらしいけれど本を読むのは宿題が出た時ぐらいの私は、この村唯一の本屋に向かう事はほとんど無い。
けれども、商業関係での話ならば別だ。家業からしたらお得意様の部類である。
 今日は商人ギルドの見習い仕事の内容でここにお使いを頼まれたのだ。
見習い仕事ではもう簡単な部類なので今日はこれをとっとと終わらせておやつポイントで焼き魚タイムだー!
と、スキップしそうなのを必死に抑えながら歩けば店の方角からなにやら大声が耳に入ってきた。

「ありえない!」「こんなの常識じゃないのよ!」
何かあったのかと慌てて店に入れば、確かに何かはあった。
 これは…うん。苛烈なお客様だ。
店主のおじいちゃんがオロオロしているのを見かねて私は間に入った。
こういう時は冷静に、かつ変にビビらない様に。
そして双方の間に食い違いがある時もあるから話を聞くのは平等に。
おなかに力を入れて気合も入れて…っと。
「一体どうしたんですか?」

第三者の存在が入って冷静になったのか、お客さんであるご婦人は少しだけ話せるぐらいには落ち着いてきた。
だけども、いつヒートアップしてもおかしくないぐらいなのでこちらも言葉を選びながらなんとか内容を聞き出す。
 何故なら、店主のおじいちゃんは私を盾にしながら会話し始めちゃったからである。
いや、おじいちゃんと表現はしたけれど私この人の本当の孫じゃないし。血縁関係でいったら立派な他人なんだけどなー。
何とか聞き出せた内容を要約するとこうだ。

・近々中央の国に何回か行くことになる。そうなった場合、移動手段として定期便を使うことになるから時刻表を出しなさい。
・さらに、その道を知らないと何かあった時に大変だからそれも一緒に出しなさい。
・この村でそんな書物を買うのは私ぐらいでしょうから当然二つセットで安くするのよね?

と、これを聞き出すのにだいぶ時間がかかったけどもこんな内容で話をしていたとはご婦人の弁だった。
なんだか今も鼻息荒くこちらをにらみつけていて、とっても怖い。
だけども、もう私に赤子のごとくくっついているおじいちゃんが後ろから「え?そんな言葉話してたの?」「なにその新しすぎる強盗」「あの言動でそれわかったら、わし今頃豪邸住んでるよ」と
いちいちツッコミをささやくので笑うのを堪えるのが本当に大変だった。
今ささやかないで。私にしか聞こえないからご婦人に変な誤解されちゃうから!

ただ、話を聞いていてわかったのがこのご婦人、多分この村の出身ではない。最近越してきたとかだろう。
というのも、この村は南の国の中でもかなり南の方の位置する。
近くに水路になるような大きさの川は存在するが、基本的にその船の終着点はこの村である。
 どういうことかというと
「この村というかこの国、中央の国に向かう船って存在しないんですよ。
 中央の国から丁度船にとって向かい風みたいなのが吹くので、基本的に人も荷物も船すらも移動用の魔法ゲートで中央の国に移動するんです。」
なるべく相手のペースにならない様にゆっくりと話す。
ここだけ見たらシリアスな雰囲気になるのに、後ろのおじいちゃんが必要以上にうんうん頷くので台無しになってる気がするけど。
 でも、とご婦人が口を開きかければさせないとばかりにさらに続けた。
「ゲートなら時間とか気にしなくていいので時刻表っていうのはこの国には存在しません。けども、中央の国からくる場合は逆に追い風になるので定期便はありますけど…あれも帰りはゲート使ってます」
そう話すとおじいちゃんの頷く速度がさらに増す。首痛めそうだなぁ。
「なので地図はこのお店にあると思いますけど、時刻表は無いと思いますが…あ。」
と、私が言い終わる前にご婦人は大股でのっしのっしと聞こえそうな歩行で店を出ていた。
えー、せめて最後まで言わせてよ。

「いやー、お嬢ちゃんありがとう。わし、久しぶりにあんなに捲し立てられてビックリしちゃったよ」
あれから、おじいちゃんにお礼とばかりに見習いの仕事の注文をしてから店の奥のスペースでお茶とお菓子をごちそうになっている。
このお菓子、昔からあるやつだ。よく酒場でおつまみ代わりに食べてる人いるし昔からあったって聞いたことある。
甘くてかたい歯ごたえがお茶にあうなあ。
「あの人、最初入ってきた瞬間にここにアレ置いてあるでしょ!とくる。
まずアレが何なのかわからないから何とか聞き出すと、今度は何でそんな常識的に考えて当たり前の物が置いてないんだってヒートアップしちゃってね。
常識なんて国どころか家が違うとお隣さんでも違う時だってあるのにそれを知らない人っているんだね。今日も勉強させてもらったよ。」
そう言いながら掛け声と共に立ち上がるおじいちゃんが、私と種族が違うからか1000歳を超えた人生の大ベテランだって先ほどの常識常識言っていたご婦人が知ったらどうなるのか。
 少し意地悪な事を考えそうになったけども…それはお茶と共に心の奥にしまっておいた。

あー、美味しい。