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Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.2

 前回はライブビューイングで観覧した「プロローグ in Yokohama」について、途中までの感想を掲載した。「ロミオ+ジュリエット」まで書いたところで12月3日の「プロローグ in Hachinohe」チケット当選が判明。プロジェクションマッピングはぜひ現場で観たいと思っていたし、残りは八戸を観たうえで、ということにさせていただいた。

 何か起きそうな予感はあったけれど、私が観た翌々日の5日最終公演終了後、会場で「2月26日東京ドームにて羽生結弦による単独ショー『GIFT』開催」、というビッグサプライズが発表され、「プロローグ」の余韻も吹き飛ぶ大騒ぎとなった。もう私の八戸の感想などは皆様の興味の外だとは思うけれど、自分のために記憶にとどめておきたいことをいくつか書かせていただこうと思う。よろしければお付き合いください。

 12月3日午後に新幹線で八戸に到着。グッズ販売のライン予約の時間と丁度同じくらいに会場「フラット八戸」についた。グッズ売り場はとても効率的で買いやすく、ついつい予定外のアクスタまで購入してしまった。


 席はゲートに正対するスタンドで、バルコニーのように右に張り出した2階の最前列、前は手すりで下は通路だ。視界を遮るものがなく、右斜め少し上から見おろすリンクが非常に近く感じた。横浜ではゲート上の大画面で動画を見せたが、八戸ではリンクの真上、4面のスクリーンに映し出されていく。30×60mの常設リンクと聞いたが、おそらく氷上に何列か席が設営され、舞台として広さは横浜と同じくらいなのだろう。

 横浜と同様に最初の動画の終了とともに羽生が登場、6分間練習を開始した。その表情をオペラグラスで追う。白皙の額に心なしかほほがこけ、眼のふちが紅く、視線が硬い。ものすごく緊張しているように見えるその表情が2018年グランプリ・ロシア大会や2017年NHK杯公式練習で転倒して足首を痛めた直後の顔に重なって見え、「まさか怪我してる? 体調悪い?」と一瞬ヒヤッとした。
 しかしそれは杞憂だったようだ。6連はほぼ滞りなく、つづく「SEIMEI」は横浜以上に素晴らしかった。羽生の滑りはひと蹴りのなかにも緩急があって、時には激しく、時にはささやくように、歌うような、奏でるようなストロークで物語を刻んでいく。ジャンプを踏み切る前の鋭い加速音がスタンド席まで聞こえてくる。が、不思議なことに着氷の音は聞こえない。猫科の獣を思わせる吸い付くようなランディング。とはいってもあの速度と高さで音がしないはずはない。後の「CHANGE」等ではちゃんと聞こえたから音響の加減かもしれないが、手の届きそうに近い目の前のリンクで演じられていながら、見えない壁に隔てられた別世界のようだ。何とも不思議な、この世のものではないような「SEIMEI」だった。
 
 6分間練習から通しての「SEIMEI」を拝見して感じたのは、観客が大好きな6連の光景を演出として見せることが主たる目的ではなく、競技以上のレベルで「SEIMEI」を滑り切るために真剣に調整を行っているのだということ。世界記録を出した時、五輪二連覇を成し遂げた時、スーパースラムを達成した時、どれほどの栄光の瞬間も既に過去であって、それらを超え、進化した証を今見せるのだという意志が、あの6分間練習開始直後の鋭い表情となっていたのかもしれない。
 
 「CHANGE」に続くリクエストタイムでは東日本大震災後のシーズンのショートプログラム「悲愴」とシニアのグランプリ大会に出始めた頃に滑っていたエキシナンバーの「Somebody to love」が披露され眼福だった。

 動画に続いて演じられた「ロミオ+ジュリエット」は、2011~2012年シーズンの血しぶきが飛びそうな激しさは鎮まっていたけれど、しがらみに絡めとられて恋に殉じることがかなわなくなっていく大人の哀しみに満ちた美しさがあった。こんなロミオならたとえ最期に裏切られたとしても許してしまいたくなりそうだ。

 そしてYouTubeのチャンネルで公開された「プロローグ・夢見る憧憬」の動画に続いて、薄闇の中に白い布をマントのように巻きつけた羽生が登場した。曲も衣装も異なるが、「プロローグ・夢見る憧憬」の最期と同じ白い布を纏うことでこれから始まる演目がそれにつながるものであることが伝わってくる。正面ショートサイド寄りまで進んだ羽生はマントを振りほどいて投げ捨てる。彼の手を離れた後、氷上に落下するまでのほんの一瞬、布は意志あるもののように美しく宙を舞った。少し以前のファンタジー・オン・アイスでハビエル・フェルナンデスがフラメンコをテーマにし、ショールを纏ってフラメンコのステップを踏む女性スケーターたちが参加していたことがあった。そのショールさばきに羽生が興味を示していたと何かで読んだが、その時に見覚えた動きを取り入れたのだとしたら、何一つ無駄にしない羽生らしい。

 衣装は透けるようなブルーグレーの濃淡に無数にラインストーンがちりばめられ、前から見るとシンプルだけれど背中は大きく開いている。燕尾服か平安貴族の装束のように長い裾をなびかせる様は青いオナガの羽根のよう。「ファイナルファンタジーX」の「いつか終わる夢」に乗って、ひとつのジャンプも複雑なステップもなく、流れるように、飛翔するように氷上を行く羽生。プロジェクションマッピングの光が彼を取り囲み、森となり、底知れぬ水となり、渦となって物語の世界を映し出す。それはファイナルファンタジーの世界であると同時に羽生の心象風景でもあるようだ。
 感情
怖い
独り
消えた力

    ただ滑る
  ただ彷徨う
光を受け止めて
  光り輝いていく
 
 様々な言葉が羽生の足元から湧き出し、波のように押し寄せてくる。リンクは揺れ動く流体となり、深淵に潜む何かがキラキラとうねる。水面下のうねりと散乱する光を操るように羽生が漂ってゆく。水底の深淵と光に満ちた空間。羽生は異なる2つの世界の境界を司り、自在に往来する神だろうか。羽生を追って渦巻いた生命樹のような、鳳凰のような輝きはやがて眩しい円となる。羽生はその中央に跪き、鎮めるように氷に手を置いて舞い納めた。
 光が去り、氷上で羽生は影となる。拾い上げた布を翼のようになびかせて羽生はゲートに消えていった。

 動画をはさんで続いた花吹雪の中を舞うようなプロジェクションマッピングの「春よ、来い」は、幸せな桜色で優しく、やわらかく会場を包み込んだ。
 最期は手拍子と会場中を青く染めるバングルの光に促されて羽生が再登場。黒いTシャツ姿で「パリの散歩道」を滑り、夢のような「プロローグ」は終了した。
 現地で目の当たりにした「いつか終わる夢」と「春よ、来い」は画面で見るのとは大きく異なっていた。プロジェクションマッピングはその場で、全身で感じることでしか伝わらない部分が大きいと思う。光の動き自体が横浜とは少し違って見えたし、演者を追尾し、合わせていくような最新技術が使われているのかもしれない。

(続きます。長くてごめんなさい)

Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.1
Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.3 そして本編の始まり


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