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Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.3 そして本編の始まり

 12月5日の「プロローグ」千秋楽は、その日のうちに録画で拝見した。最後に2023年2月26日東京ドームでのアイスショー「GIFT」開催が発表され、悲鳴とも歓声ともつかない声が会場に充満した。前代未聞の単独アイスショーを全日満席で成功させた直後である。普通の人間なら賞賛を受け止め、余韻を楽しみ、心身を休める時間を少しはとるだろう。しかし、羽生は「プロローグ」の幕を下ろしたその瞬間、垂直離陸して秒で音速を超える最新鋭戦闘機みたいな勢いで次の高みを目指して飛び立ってしまった。「予想の斜め上」どころかほとんど別の銀河だ。

 「GIFT」東京ドーム公演はプロローグより前にオファーを受けて熟慮の末に決めたという。どなたかは知らないけれど企画者の大英断に感謝申し上げたい。よくぞ迅速に運んでくださいました。でもね、私だって力があればオファーする。他にも羽生結弦を看板にして大きな企画を考えているところはいくつもあるだろうし、具体的なオファーだってずっと以前からたくさん来ていただろう。ついに時が満ちて、びっしり並んだカードから羽生が選んだのかドームだったのだ。羽生結弦ははかりれないポテンシャルを持った表現者・発信者で、その本領発揮はこれからだ。才能、性格、センス、容姿など強い影響力の構成要素はいろいろに分析できるけれど、つまり彼は「Homme fatale=致命的な魅力を備えて人の運命を変える者」なのだ。文学や映像作品によく出てくるのは女性のFemme fatale、日本語では「運命の女」「魔性の女」などと訳される。18世紀に書かれたフランス小説から発生し、美しく奔放でわがままな女と振り回されて滅びる男の物語としてパターン化された。しかし「fatale」は「運命」であって色恋に限定しない。刺激を与え、覚醒を促し、魅了し、価値観・世界観や進路を転換させてしまうような影響力を発揮する。それがHomme fataleである。「普通ではない何か」を発信し、「ここではないどこか」、素晴らしい未来、輝かしい別世界への扉を知っている、そう思わせるような存在。背後に異界を感じさせる旅人であり、これまでにない新しい価値を創り出し、理解を超えた魅力と才能で誘惑し翻弄する。そうした存在に人は運命をゆだねてしまいたくなるのだ。

 例えばユリウス・カエサルはたいそうなモテ男だっただけでなく、出世前の無名の頃からローマの名だたる大富豪たちに巨額の出資をさせてしまうような特別な才覚の持ち主だった。レオナルド・ダ・ヴィンチはパーティの演出から砦や武器の設計まで抜群のセンスでこなした人だが、本業の絵の方はどうしようもなく遅筆で、依頼を受けても完成させた方が少ない。にもかかわらず王侯貴族たちがこぞって宮廷に招き、囲い込もうとした。同時代のある画家は「レオナルドが貴族たちに愛されるのは絵の腕前より美男子だからだ」と陰口を叩いていたという。カエサルもレオナルドもきっとHomme fataleだったのだ。出会った者はその才能や可能性に魅せられ、より深く関わることを願い、一緒に扉を開けて別の宇宙へと踏み出すことを夢見て献身する。愛や信頼や献身を一身に集めて己の力にできることはヒーローの最重要ファクターかもしれない。

 羽生結弦に「ちょっとドームでアイスショーやるから手伝って!」と頼まれたら誰だって奮い立つ。第一人者MIKIKO氏の協力を仰ぎ、規格外の巨大なアイスリンクを設営してドームでしかできないストーリーを見せる、と羽生が云うからにはきっと途方もないモノに仕上げてくる。ものすごく勉強し、情報を集め、考え、ミューズになったり、鬼軍曹になったり、いたいけな天使になったりしながらチームをまとめ、追い込んでいく姿が見えるようだ。「プロローグ」のプロジェクションマッピングはリンク表面だけだったが、周囲を巨大スクリーンで囲まれたドームで先端技術を駆使すれば、空間全体が演者とつながり観客席を巻き込んで躍動させるようなものすごいパフォーマンスが体感できそうだ。

 休憩もトランジションもなしで「プロローグ」千秋楽翌日に「GIFT」チケット申し込みが始まり、翌々日にはグッズ予約販売が告知される凄まじい急展開。この数カ月で少しは学習したつもりだったが、進化を止めないGOATはあらゆる面で限界を超え続けているらしい。けれど、乗り掛かった舟が実は宇宙船だったからと言って今さら降りるわけにはいかない。受け取りにおいで、とお誘いいただいたからには「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 GIFT」、ちゃんといただきにまいりますとも。


Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.1
Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.2

PS :
羽生結弦の「野心」はきっと「東京ドームで初めてショーをしたフィギュアスケーターになる」なんていうだけのものではないと思います。
「東京ドームを舞台に、羽生結弦のフィギュアスケートを主体とし観客もろとも別の銀河系に至るような一度見たら忘れられないパフォーミングアートを創造すること」
あたりでしょうか?
なんといってもまだ本編の1回目ですから、このくらいで妥協してくださるかもしれないと想像しています。
今後もきっちりと追い続けるためにとりあえず先週からお酒止めました。
チケット!


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