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Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.1

  羽生結弦プロデュースによるアイスショー「プロローグ」横浜公演をライブビューイングで拝見した。ぜひぴあアリーナ会場で見たいという願いもむなしくチケットは先行予約からトレードまで全滅。それどころかライブビューイングも最初の先行予約にはすべて外れ、最期の上映館追加に救われてなんとかを大画面で見ることができた。
 
 映画館もほぼいっぱいで一番前や両サイドなどに少し空席がある程度だった。席について間もなく、会場の様子がスクリーンに映し出される。開演を待つぴあアリーナの客席は天井まで人で埋まり、ゆっくりと移動しながら瞬く照明に照らし出される客席は静かに揺れているようで、まるで風が吹き渡っていく大草原のように見えた。やがてぴあアリーナ会場正面の大画面に映し出されたのは7月19日のプロ転向宣言の羽生結弦。続いてニーノ・ロータの「ロミオとジュリエット」をBGMに、競技会に臨んだ日々、ヒリヒリするようなバックヤードの空気感やグランプリ・ファイナル2015の輝かしい勝利の瞬間の映像が終わると、暗闇の中、ゲートを滑り出た人影がリンク中央へと向かう。強いスポットライトに浮かび上がった羽生は白いジャージ姿。始まったのはなんと6分間練習だ。リンクは一部にフェンスが作られていて、お供のプーコーチも見覚えのあるドリンクボトルもスタンバイしている。55m×24mというショーとしては異例に大きなリンク上で、競技そのままの緊張感がみなぎらせて、ただ一人の選手羽生が氷の感触を確かめ、足慣らしをし、ジャンプを確認していく。
 ジャージを脱いで現れたのは平昌五輪の「SEIMEI」の衣装。競技会さながらのコールを受けて披露された「SEIMEI」は初期の頃にあったバッククロスも見せ、4回転のサルコウもトリプルアクセルも入った高難度な構成。普通に考えればクライマックスにふさわしいようなプログラムでのオープニング。既にアイスショーの常識を軽く飛び越えている。競技同様に会場内は煌々と照らされて、観客の拍手もどことなく緊張感が感じられる中、4分余りを滑り切った羽生はきっちりと礼をし、やはり試合のような足取りでゲートへと消えた。
 
 プロローグを象徴する大時計の針が逆回りして始まった羽生の幼少期からの14歳のジュニアグランプリ優勝のまで映像が終わると、気鋭の若手三味線奏者による「CHANGE」の生演奏に乗って羽生が再び登場した。アシンメトリーな新衣装は右袖が黒から赤へのグラデーションで袖口から拡がるフレアが炎のよう。左はボディから続く黒の短いフレンチスリーブで、白い腕の彫刻のような筋肉が際立つ。肩や胸元、手袋に施された真紅の装飾がステップとともに華やかに舞う。少し前に公開されたYouTube動画「2.プロローグ」の、固定カメラで撮影された「CHANGE」も素敵だったけれど、羽生の表情までくっきりと映し出される大画面はやはり格別だ。
 
 トークの時間となり、観客に挨拶する羽生の声には感謝と緊張感、晴れがましさに、ほぼファンだけで占められた空間への少しばかりの甘えが混じっているように聞こえて、耳に心地よかった。
 
 事前に27,000も寄せられたという質問に答えるコーナーでは、両手で持ったマイクを胸元にひきつけて、ふわふわ、クネクネと氷上を漂い、時々「ふへへ」とか「ヒャハッ」とか不思議な鳴き声を織り交ぜながらスウィートヴォイスでトークを繰り広げる。美少女アイドルみたいに可愛らしく振舞いながら、リクエストに応えて滑る1曲を決める段では多数決の原理もスタッフの混乱も顧みず、独断即決でプログラムを2つに増やし、曲の切り方も変えるという荒業で押し切った。きっちり応える素晴らしいスタッフが控えていればこそだけれど、プロデュース、演出、総監督も兼ねる羽生の掌握ぶりと自信が垣間見えた瞬間だった。
 
 結局リクエストコーナーでは「Let’s go crazy」と「花になれ」を滑り、続いて世界中からコメントが寄せられているYouTubeチャンネルでリクエストが多かったという懐かしい「Hello I love you」を見せてくれた。
 
 切り替わって大画面に映し出されたのは東日本大震災とその後のこと。羽生がソチ五輪以前から繰り返し口にしてきた「被災地の役に立ちたい、故郷の復興をささえる力を手に入れるためにも金メダルが必要」という思いが強く伝わってくる。震災後のチャリティショーで演じた「ホワイトレジェンド」の映像がフルに流れ、羽生の存在を世界に知らしめた2011~2012年シーズンの「ロミオ+ジュリエット」へと続く。「東日本大震災のSurvivor、仙台出身のYuzuru Hanyu」と枕詞まくらことば付きで紹介され続けた頃の、今から比べると荒々しくさえ見えるほど激しい16歳のロミオ。途中から当時と同じ衣装に身を包んだ生身の羽生が登場し、映像と入れ替わる。たいそう濃かったはずの年月を超え、何の違和感もなく過去と今とがつながっていく。
 
 この後もソチ五輪から平昌五輪までの輝かしい戦績の映像、YouTube動画「2.プロローグ」のなかの「夢見る憧憬」と、その後編のような新プログラムへと展開していく。構成がよく考えられていて映像とリアルの継ぎ目が自然で、ライヴでありながらしっかりと編集されたドキュメンタリーであり、また、心揺さぶられる羽生結弦物語ともなっていた。
 「羽生の半生を映画化するとしたら主演俳優は誰?」という話題をネットで見かけることがあったが、いつも「主演は羽生本人以外無理!」という結論になっていた。この「プロローグ」はまったくユニークなメソッドによる羽生結弦主演の「羽生結弦物語 Vol.1」として完成されている。さすがというほかに言葉が見つからない。
 
PS:
 この稿はここまででいったん置かせていただきます。なんと12月3日のプロローグ八戸公演が当たってしまいました。無事に生還できれば、続きはそのあとに書きたいと思います。
 ライブビューイング・横浜を見て強く感じたのは羽生結弦の「プロローグ」はもはや従来のアイスショーの範疇ではないということ。氷の上で進行するのは同じでも、違うジャンルの創作物、新しいパフォーミングアートです。同じ板敷の上の出し物だからと言ってクラシックバレエと歌舞伎が全く違うものであるように、表現手法もおそらくは目指すものもかけ離れていると感じました。
 もう一つは彼の伝える能力、人を動かす力です。3カ月半ほどの間にまったく斬新なショーを企画し、それを実現できる協力者やスタッフを集めて何をどう見せるかを伝え、オーダーし、形を作りまとめあげる、普通はちょっとできないと思います。やっぱり羽生結弦は普通じゃない…。まあ知っていましたけれど。
 続きは八戸公演を見てから、と言いながら書きたいことがいろいろ湧いてきて収まりがつかなくなりそうです。
 八戸当選がうれしすぎて話がズレまくりそうなのでちょっと落ち着かないと…。
 精進潔斎して当日まで清らかに過ごすことにいたします。

Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.2
Homme fataleを追って・羽生結弦の「プロローグ」 Vol.3 そして本編の始まり


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