父のこと(1) あなたらしい


「あなたらしい。」と言われることが、人生のうちに何回くらいあるのだろう?

入院中、しかも集中治療室で呼吸器を付けての会話にも関わらず、荒い息で母に仕事の引き継ぎを必死にしている父を見て、ふと思った。最後まで母の会社のことを気にかけ、もう明日どうなるかわからないという状態で、「お前は、お母さんの会社を継ぐ気は本当にないのか?」と聞く父に、嘘でもイエスと言った方が良かったのか、本心でノーと言ったのが正解だったのかいまだによく分からない。

「もうそろそろ最期だってこと、だいたいわかってたんだよな」と言っていた。だからこそ、必死に仕事の引き継ぎをしたのだろう。自分の命が終わる瞬間に一番自分らしいやり方で、残される者たちに何かを残したかったのだろう。それが、家族への想いとか今までの感謝の意ではなく、仕事の引き継ぎであることは、非常に父らしい。

それから、カーテンで簡単に仕切られた集中治療室のベッドの脇で、しばらく私個人に対する言葉が続いた。家族のことは心配していない、とか、子どもにそんなにイライラスするな、あいつはイイ子だぞ、とか、会社人の顔から一人の父親あるいはおじいちゃんの顔になって、苦しそうな息を細かくはさんで短く続けた。久しぶりの父との二人きりの時間に、ただただ苦笑いするしかなかった。

数十分後、母と妹が到着した。すでに何回か面会に来ている母と、看護師で集中治療室勤務の経験もある妹は、私から見るとかなりこなれた様子で、呼吸器をつける父に顔を近づけ話かけている。私は・・・・・・・非日常過ぎて、そんなに顔を近づけられないし、どう接していいのかも分からない。一通り様子を確認した妹が「機械の写真とってもイイですか?」と担当看護師に許可を得ながら、血圧計や点滴バックの写真を撮っていた。(「こんな派手な見た目の看護師なんているのかしら・・・」と、この病院の人に思われているだろうな。)と、妹の風貌を眺めながら思った。妹は経歴も現場での振舞いからも、おそらく優秀な看護師なのだろうが、数ヶ月前に染めてメンテナンスをしていないインナーカラーからはピンク色がかなり落ち、品のない金髪が目立つようになっていた。高校生の頃から見た目で損をしているのに、頑なに変えようとしてこなかった。逆に私は?見た目はとても真面目で第一印象ではほとんど損をしたことがないけど、大して真面目じゃないから、周囲の期待を裏切ることが多いのかもな。だからオシャレや見た目を気にすることに対して、極端に反応する。本当は妹のようにもっとオシャレしたいのかもしれないなぁ、とぼんやり思った。

集中治療室はただただ静かだった。

(つづく)

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