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ロス・バークリーという男。

なにか、一年を通して家族という小集団で共有できるモチベーションになるものはないか、これを見つけるのは楽しいが、アイディア不足に陥ることがいまではほとんどだ。
そういうわけで、昨年はふとした家族のひとことから、2022―2023シーズンでチャンピオンシップで3位に食い込み、見事プレミアリーグへの昇格を果たしたイギリスのサッカーチーム、ルートンタウンFC(愛称はハッターズ。以後ハッターズ)を応援するということを家族のモチベーションに決めた。ルートンタウンFCが一部昇格したのは、実に31年ぶりだったそうだ。人数分のユニフォームを用意し、試合の夜は皆で応援した。シーズン後半から、日本代表である橋岡大樹選手が加入したことも話題となったが、残念ながらハッターズは、たった1シーズンでまたも二部降格という結果になってしまった。

幼少時はサッカーのお国柄で育ったにも関わらず、特に理由もないままサッカー観戦をすることもなくなっていたわけだが、ここでこうして、あらためてサッカーチームを応援するとなると、そもそもハッターズがどんな街のチームなのかすらわからず、31年ぶりに一部昇格したチームを全力で応援するにはあまりに情報がない。ゼロから学び直しである。

さて、このハッターズに、ロス・バークリーというミッドフィールダーがいた(今季退団でアストン・ヴィラへ移籍)。
ロス・バークリーは、若くしてイングランド代表にも選ばれ、いまでは”Forgotten Gem”と呼ばれる、かつてイングランド・サッカーの未来を嘱望された天才的な選手だ。怪我なども続き、いくつかのクラブを渡り歩き、キャリアの低迷が囁かれ続ける中で、心身ともに成熟の時期を迎える三十代に突入しようというところで、バークリーはハッターズに加入してきた。

タフさと繊細さが共存し、愛情をたくさん受けてきた選手であることが滲み出る異論なき絶対的花形カールトン・モリス、陽気でやんちゃな近所の兄ちゃん風(失礼)なのに、プレイはこれまた天才的なアルフィー・ダウティー(ムラ気なところもまた愛嬌といえば愛嬌である)、上品でクールな佇まいを醸し出すも、ボールを持ち上がるときは威勢よく持ち上がれるテクニカルなDF、アマリ―・ベル、プレミアリーグでも追随を許さぬ快足で猛者連中の度肝を抜き、自信満々に不可能を可能にするドリブラー、オグベネ。これまた日の当たる場所を歩き続けながら再起をはかる職人紳士のアンドロス・タウンゼント、ムードメーカーのオショ、ストイシズムの横溢する門番・メンギ、試合ごとに風格を増す、献身的で運動量豊富なチームの部隊長クラーク、チームの王子様・ウッドロウ、一級のセンスに未来を感じさせるチョン、ロコンガ、荒削りながら高いポテンシャルを有する若武者アデバヨ。まさに神セーブとしか呼びようのない好セーブの連発で、もはやこの選手抜きにハッターズは成立しないとまで思わせるGK、カミンスキ…(昨年末には、チームを昇格まで引っ張ってきたキャプテンにして熱血ディフェンダーであるトム・ロッキャ―が、試合中にピッチで倒れるというショッキングな出来事もあった。チームのハートであった男が、キャリア二度目の心臓の不具合で倒れ戦列を離れるなど人生とは皮肉なものだが、いつか、人生に悔いのない形でふたたびハッターズのハートになってくれると、選手の回復を家族で祈っている)とスターに事欠かない個性豊か面々集まるチームにあって、バークリーはどちらかといえば寡黙だ。寡黙に過ぎる。
ときどき、どこかひとり遠くを見ているような、あえて孤独に身を寄せるようなニュアンスを持つ選手。

その背中に背負っているのは、栄光や富、チームや自身のキャリア、成績、自己実現、復活、人生…。それらもそうかもしれないが、むしろ自分の存在証明を探し求めるかのようにピッチを駆け回る。ボールを持つ間は、実にエレガントな野獣のようだ。

足元のスキルやテクニック、心理戦、信じられないボールキープ力、豊富なアイディアといった個人技だけではなく、戦況の判断に応じた仲間の使い方も一級品で、どうしてこのような場所にパスが出せるのか対戦相手さえも理解が追いつかない。プレミアリーグをどうにか一年間追いかけて、このような選手は当代ひとりとしていないのではないかと思わされる。
もちろん、すでにサッカー史上に残ると呼ばれているようなミッドフィールダー、若き天才、規格外の司令塔は確実にいるが、バークリーという選手と比肩できる選手は私には見当たらなかった。より正確でためになるマニアックな解説は、私よりはるかに適した人たちがネット上にたくさんアップしているので深入りはしない。
ただ、このバークリーの持つ孤高さ。誰にも立ち入ることができない、誰をも近づけさせることのない、きわめてプライベートな戦いは、傍から見ていてもその凄絶さが十分に伝わってくる。これはもはや、単にサッカーだけの話ではない。ひとりの人間が、命がけで臨む、自分自身の存在意義の「奪回」なのである。そこで見つからなければ、そこで取り返せなければ、ロス・バークリーという男は存在しないも同然…。
コマーシャルでショーアップされた現代サッカーというスポーツの世界に、これだけ止むに止まれぬ切羽詰まった気魄をもって、ピッチの中に自己を探究する選手がどれだけいるだろうかという問いにおいてこそ、まさにバークリーをおいてほかに見当たらないのだ。

あっという間に駆け抜けたシーズンを通して、バークリーはなにを取り戻しただろう。そして、何を胸に新たなスタートを切ったのだろう。
たった一年にも満たない応援の中で、自分たちの中で想像以上に大きな存在になっていたバークリーがハッターズを去ったことには寂しさを禁じ得ない。しかし、彼がチームに残していったもの、つまりあの気魄を誰もが持つことができれば、ハッターズはまたかならずプレミア昇格を果たすのではないかと思いながら、今シーズンも引き続き応援しているのである。(了)

本稿を、ルートンタウンFCとの出会いに導いてくれた最愛の息子に贈る。


Photo by Pexels,Pixabay

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