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自分自身を受け入れる(アドラー心理学入門講座 第3回目より)

04月11日(木)から早稲田大学のエクステンションセンター中野校で向後千春先生の「アドラー心理学入門講座」が始まりました。今回もそこで学んだことを障がいのある方への支援場面でどのように活用できるか実践報告を交えて考えていきます。

第3回目のテーマは「自分自身を受入れる~劣等感とその補償」でした。アドラーが一番最初に発見した劣等感とは何か、また劣等感の背景にある自己理想への追求についてお話がありました。、さらに自分の完璧主義度等を知るワークを2つ行いました。

完璧主義、それは不完全な自分を受入れられないということです。さらに完璧主義者は他者に対しても不完全さを糾弾するといいます。それによって社会は不寛容になるというのです。

私は、その自分の完璧度を測るワークにおいて、見事、満点を獲得することができました。しかし、これは喜ばしいことでもありません。逆に、この完璧さが周囲の人々に劣等コンプレックスを与え、さらに私は利用者さんの支援においては人権侵害にあたる支援をしていました。今はとても後悔しています。

ダウン症という障がいがあります。ダウン症の方はとても人あたりが良く、世話好きです。私と一緒に活動している男性のダウン症の利用者さんは人のお世話が上手です。でも自分の身の回りのことはいつも中途半端です。私はそんな彼に冷たい言葉をぶつけていました。

彼が他の仲間の世話をやこうとすると私はこう言いました。
「人のことはいいから、まずは自分のことをきちんとしなさい。」

彼の行動は中途半端でした。でも別の言い方をすると、ほどほどにできていたといえます。さらに貢献的な人です。しかし私が完璧主義であるゆえ、否定され続けていたのです。

アドラー心理学に出会って「自分」を知ることができました。でもライフスタイルDタイプで完璧主義という生き方は変わりません。ただし、それはあくまでも自分だけに通用することだということを理解しました。さらに、自分の行き方を認識したことで自分が楽になりました。利用者さんも楽になっていてくれたら嬉しいです。


(補足)向後先生は、講義の中で完璧主義者は疲れるでしょう…、そんなお話をしていました。そのとおり、私はいつも疲れています。でもいつまでたっても満足できない私は、疲れ具合でしか自分のがんばりを確認できないのかもしれません。

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