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ただいま

8月15日水曜日、晴れ(途中土砂降り)

東京に戻ってきました。
戻る。

こどもらにとってはこの地が文字どおり故郷なので、そう。「戻る」なのだけれど、僕にとっては……
僕にとってもここが、この家が、「帰ってきた!」と安心してくつろげる自宅になっています。(妻がいるから、というのが大きそう)

お盆に実家に帰省してお墓参りに行き母と話をして、食っちゃ寝の(ごめんなさい! ありがとう!!)ダメ息子として甘やかしてもらって。
でも、なんていうのかな。実家は「お客さん」として行く場所になってしまった。こんなのを読むと、母はとても傷つくような気がするのだけれど。

* * *

母はこのノートに気付くだろうか? これを読むだろうか?

読む、気もするし、辿りつかない、気もする。

* * *

というのは、こどもらが「おばあちゃん! 教えてあげる! 父ちゃんのツイッターのアカウントは ikb だよ!」などと賑やかにやっていたから。
そして僕のツイッターのアカウントプロフィールには、このノートアカウントの URL を書いていて、たまにツイートにノートのアドレスも乗せるから。

まあだからといって僕が日々書き散らしている情報のすべてを追いかけるほど、こどもらも妻も、そして母も、暇じゃないだろうとおもっている。(一時期、妻は全部追いかけていたようだけれど、いまはどうだろうね?)

* * *

僕は、考えたことや頭をよぎったことを、あけすけに書く。書くし、言う。

そして、ぜんぶ飲み込んで欲しい、なんておもっている。僕のをまるごとを、興味深い宝物として受け止めて欲しい、とおもっている。

たぶん、まだ。
ここのところ緩和されたような気もするけれど。
まだ、そうおもっている。
たぶん。

僕は、その一挙手一投足、その思考の筋道からなにから、誰かの興味を一身に集められるほど、素晴らしい人間でもなければ楽しく面白い奴でもない。
声をかけてもさらっと無視される程度。たまに注意を向けてもらえることもある。

おもうに、これが一般的な人づきあいだとおもう。
話しかけたときに必ず全身向き直って話を聞いてもらえるなんてことは、ない。相手は、他人の時間を生きている。その興味は当人の向く方向にしか動かない。それでもこどもの頃は、「ねえ、お母さん?」と呼びかけたら「はい、なあに?」と向き直ってもらえたんだろう。

足りて、いないのかなあ。いまさらだけれど。

そして満たせていないんじゃないかなあ、僕は。
こどもらのそれらを。

* * *

カバー写真は「赤福餅」、通称「あかふく」。

父は出張のたび、どこに行こうと必ず名古屋駅で赤福を買って帰ってきた。父がそれ以外のお土産を買って帰ってきた記憶はない。

それでいい。

僕はとてもあんこが好きだ。
いまの僕も実家方面に行けばかならず赤福を買って帰る。
こどもらも、そうなるんじゃないかな。たぶん。

ささやかではあるけれど面白い一族の習慣になりそうで、だからそういう未来を想像して、僕はちょっとだけクスリと笑う。

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