見出し画像

Episode27 『いかがわしい男⑤/派手な下着の男』

ある気持ちのいい初夏の朝。
気心の知れた男とふたり、下着一枚で、古いバラエティを観ながらハイネケンを飲んでいた時のこと。

「なあお前さあ、パンツの股のところ、穴空いてるの気がついてる?」
「え、マジで?」

ヨレヨレになった自分の下着を見ると、そこには確かに小さな穴が空いていた。
俺がそこに指を通してくねくね動かして見せると、彼は笑った。なんか楽しかったので俺も笑った。

「お前のパンツだってボロボロじゃん」

チャラチャラと着飾るのが好きなくせに、身体的にも精神的にも人から見えないところには一切興味がないという美学やポリシーのなさは、俺たちの数多い軽薄な共通点のひとつだった。
俺は自分の下着を脱いでゴミ箱に放り投げると、彼のクローゼットから適当な黒いボクサーパンツを取り出して履いた。

その時ふと思った。これでいいのだろうか?

燃えるような恋のときめきを求めて、安泰な元カレを捨てて数週間。
俺は結局こうして10年来の付き合いがある、いかがわしい男(詳細は過去ブログ参照)の腕の中で、恋人でもなければ友達でもない、仄暗い馴れ合いとでも呼ぼうか、そんな怠惰な関係を愉しんでいる。浸っている。今や下着まで平気で共有している。

その時ふと思った。これは良くない。

Episode27 『いかがわしい男⑤/派手な下着の男』

というわけで(どういうわけだ)俺が新しいデートの相手に選んだのは、数少ない茶飲み仲間兼本好き仲間の男だった。
小綺麗で、おとなしくて、礼儀正しくて、頭が良くて、人畜無害。酒もタバコもギャンブルもやらない。
「あの男」とは正反対ということだ。そしてそれはつまり俺とも正反対ということ。

ふたりでスタバのグランデサイズのラテを飲んだ後、ゲームセンターでクレーンゲームをして、それから本屋で文庫本をそれぞれ一冊ずつ買って、彼の家でニンテンドースイッチをやった。
なんて健全なデートだろう。お酒なしでデートなんて、まだストレートだった高校生の頃、近所のダイエーでサーティーワンのアイスを当時の彼女と分け合って食べた以来だ。ああ、彼女の名前も、顔ももう思い出せない。体を重ねた「男」なら全員思い出せるのに。

そんな人畜無害な男ではあるが、健康な男子かつゲイであることは間違いではないし、家に上がり込んだってことは、俺の方にもその気がゼロだったとも言えない。
というわけで(どういうわけだ)俺は彼の家の、清潔で糊の効いたベッドシーツの上にいた。
彼は脱いだシャツもちゃんとハンガーにかけていた。なんでも丸めて投げ捨てる、俺たちとは大違いだな。
あれ、今俺「俺たち」って言った?まあいいや。

そしてその清潔なチノパンの下には信じられないほど、派手ですけべなタイプの下着を履いていた。
「いやいやいや、なんでそうなる?」と思った。やる気満々じゃねえか。
それともこれはサインだろうか。「今日は君を抱く気で来ました」という。
あるいはいつもこんな下着を履いているのかも知れない。地味な見た目は男を油断させるためのカムフラージュで、本当は鋭い牙と爪をどこかに隠しているのか?

なんにせよ、俺は笑いそうな気分だった。
目の前の男のことを、ではない。俺自身のことをだ。
だってこの男は正しい。男と寝るときは、こういうかっこいい、セクシーな、真新しい下着を履くべきなのだ。
それだというのに、「俺たち」ときたら。穴の空いた下着なんかでイチャイチャして。
洗練された下着をつけた彼の手つきは、同じように洗練されていた。猿のように粗野でボロボロな「俺たち」とは大違いだった。素敵だった。

1時間後。
俺はベランダで缶ビール片手にタバコを吸っていた。ゴムがヨレヨレになった下着一枚で。
あの男も今頃別の男と寝たりしてるだろうかとか、そんなことを考えていたら「外から見えちゃうから、これ着て〜」と、セクシー下着男がさっきまで自分が着ていた白シャツを持ってきた。
俺がそれに腕を通しながら「おお、夢の彼シャツだ」と言ったら、男は笑った。
でも「俺たち」はシャツどころか下着までシェアしている。

「俺も君みたいな、エロい下着履いてみようかなあ」

男は困ったような、可笑しそうな顔でタバコの副流煙を手で払った。
俺はドンキホーテでまとめ買いした安物パンツのほつれた糸を引っ張りながら、そうすれば「俺たち」の10年間でほつれた関係もなんとかなったりするんだろうかと、そんな下らないことを思った。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?