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Episode28 『いかがわしい男⑥』

人生はドラマチックだけどドラマじゃない。

だからテレビやスクリーンの中の恋物語を真に受けるべきではない。
俺は馬鹿だけど能天気ではないので、それぐらいのことはわかっている。
でもドラマが本当に全て嘘っぱちの、ハリボテだったなら、人々は惹かれたりしないとも思う。
作り物のセットの中に、真実があるから、皆それに熱狂するのだ。

物語は時に現実を越えることもある。そういう力を持った作品はこの世界に確かに存在する。
現実の親友たちや、己の経験だけでは越えられない壁にぶつかった時、人はそれに縋るのだ。

Episode28 『いかがわしい男⑥』

と、いうわけで。

愛なのか友情なのか恋なのか情欲なのか執着なのか因果なのか、色んな感情がぐずぐずにこじれてしまって、よくわからなくなってしまった男の存在を、一度落ち着いて俯瞰するために俺が取った行動は「リスト」だった。

俺の愛してやまない、古き良き海外ラブコメドラマの世界では定番の手法である。
つまりその男のいいところと悪いところを紙に書き出してみるのだ。
男との関係に迷った時は、兎にも角にもリスト作成が一番なのである。サラジェシカパーカーもそう言っている。
精神衛生面を考えると、まずは先に、良いところを羅列するのが良い気がする。

「良いところ」
顔が好み
料理がうまい
キスがうまい
運転がうまい
酒の趣味がいい
音楽の趣味もいい
部屋でタバコ吸っても怒らない
出張に行くとお必ず土産を買ってきてくれる
肌が柔らかくて気持ちいい
とりあえず楽
風呂上がりに髪を乾かしてくれる
酔い潰れたらおんぶしてくれる
よく酒を奢ってくれる
たくさん可愛いって言ってくれる
俺が寝るまで起きていてくれる

…結構あるな。まだ書ける気もする。

「悪いところ」
10年間、1度も俺だけのものにならなかった(気がする)

うぐっ…。

俺はこんなリストを作ったことを、控えめに言ってかなり激しく後悔した。
とりあえず見なかったことにしてぐしゃぐしゃにして、便所紙として尻を拭いた後にトイレに流すべきだ、と思った。
もちろんそんなことをすれば我が家の脆弱な水量を誇る便所はたちまちつまりを起こして、カタストロフィー、大惨事になるだろう。
とりあえずどちらのリストも丸めて、屑籠に放り投げた。「良いところ」の方のリストが的を外して床に落ちた。

煙草に火を付ける。
ああ、そういえば何年も頑張って禁煙してたのに、この男と再会してあっけなくまたスモーカーに戻ってしまったんだっけ。体に悪いよなあ、煙草は。おまけに歯は黄色くなるし、なにより高い。ああ、でもあいつがよくパチンコの景品で取ってきてくれるから、あんまり出費は気にならないな。これも「良いところ」のリストに入れるべきだった。

何を考えているんだ、俺は。

うんざりして、冷蔵庫からハイネケンを取り出してひと口飲んでから気がついた。これはあの男が好きで、置いていったビールだ。俺は本来もっとドライな、日本のビールが好きなはずだった。
空き缶を灰皿がわりにタバコをもみ消して、もう一本吸おうと思ったらいつも吸っているマルボロライトが空で思わず舌打ちをする。
テーブルの上に、男が置いていったパーラメントの箱が置いてあった。
野蛮な味のするその煙草を吸いながらパソコンで音楽を適当に流したら、プレイリストから男が3番目だか4番目に好きだと言っていた気がする歌が流れてしまった。若かりし日の桑田佳祐が、愛とか潮風について歌っている。

いつも男の家に俺が上がり込んでいるので、あいつがこの家に来たのは、終電を逃したほんの数回だ。
それだというのに、俺の住居はこんなにも男の匂いが染み付いてしまっている。
深く吐き出したパーラメントの煙の匂いを嗅いでいたら、まるで男がそばに立っているような、そんな馬鹿みたいな気持ちになった。
教えてくれ、サラジェシカパーカー。俺はどうすれば良いのでしょうか。

換気のために窓を開けて、空を見たらとても良い天気だった。
青い空に向かって「天気のいい日は煙草がうまいなあ」とつぶやいてみた。これはわざとだ。男の真似。あいつは雨の日も「雨の日は煙草がうまいなあ」と適当なことを言う。
床に落ちたくしゃくしゃになった「良いところリスト」に、「料理がうまい」と書いてある部分が見えた。

それを見たら、なんだかひどく、腹が減った。

つづく。

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