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「和賀英良」獄中からの手紙(4)  核心に触れる事実

―和賀英良からの手紙―

今西栄太郎様

しばらくご無沙汰しております。ご健勝のことと拝察いたします。
すこし刑務所のお話をさせてください。所内では「類」と呼ばれる受刑者の分類があり、拘置所で刑が確定した時点では五類となり、刑務所に移送されてしばらく大人しくしていると四類となります。その間は食事以外の「おやつ」は食べられません。

それから特に問題が無ければ三類となり、自分の持っているお金でお菓子を買うことができます。とは言っても自分で好きなものを選ぶことはできません。私の場合あのような「殺人」という罪状で服役しておりますが、面会者も差し入れも少なく、そのお菓子を食べながら本を読むことくらいしか楽しみはございません。

事件のことですが、時が経っていくほどに記憶も定かではなくなるような、そんな懸念もございます。そんなことから思いつくことや大切にしまってある自分の心情を吐露するという意味で、このような手紙をしたためております。検閲がありますので、内容によっては送付できないかもしれませんが、それはそれで備忘録として手元に留めておきます。乱筆乱文など、そして思うままの勢いにまかせた文章であることはご容赦ください。

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さて、今日は核心に触れる事実をお話しします。
なぜ私が三木謙一を殺さなければならなかったのか。それには自分の出自が露見すると今の地位が無くなる、ということも当然ながらありますが、他にも重要な理由がございます。

私が亀嵩駐在所の三木謙一の自宅から逃げた時、実は家の中にあった金品を盗んでおります。お世話になった奥さんには大変申し訳なく思っていますが、長年の放浪生活で麻痺している道徳観は、温かいもてなしがあったからといってすぐには戻りません。

自分の中では「とにかくこういった古い価値観と因習がはびこる田舎から脱出して都会に行きたい」それしかありませんでした。もちろん病気の父親とは深い絆がありました。父が岡山の療養所に行くことになって別れることとなり、悲しかったのは事実ですが、このような悲惨な放浪と貧困から逃れられる。という安堵の気持ちがありました。いま考えればアンビバレントで両極端な心境にあったわけでございます。

つまり目の前にいる父と別れるのはとても辛いわけですが、その気持ちと裏腹に「父さえ居なければ一人で生きていける」という思いがありました。そのためにはお金さえあればなんとかなる、という現実的な判断が必要だったのです。このまま亀嵩にいたら田舎の片隅でずっと過ごさなければいけない。学校にいくこともできるが、自分は都会の学校に行きたい気持ちが強くありました。端的にいえば東京への憧れです。

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話は変わりますが、三木謙一が伊勢二見浦の映画館にあった写真を見て「これは秀夫だ」と分かったのは「額に傷」が見えたからだそうで、トリスバーの会話でそれを知りました。

これには自分も驚きました。写真では鮮明に写っていないはずですが、三木はそれを「心眼で見た」と言っていました。不思議ですね。亀嵩での生活はそれほど長くなかったのですが、家の中の金を盗んで逃げた出来事が深く心に刺さっていたからでしょうか。まさに「秀夫許すまじ」という執念かもしれません。

東京で三木に再会したとき、父が存命であることを聞きましたが心は動きませんでした。「首に縄付けても引っ張っていく」などと息巻いていましたが、父が存命でなくても同じ気持ちだったでしょう。でもその話は再会した理由の核心ではありません。三木が伊勢からすぐに東京までやってきた本当の理由はもっと現実的なことです。つまり「盗んだ金を返せ」ということだったのです。

当時私が駐在所の三木の家から盗んだお金は、あまり覚えていませんが三十万円くらいはあったと思います。苦労して警察官を務めながら夫婦で貯めたお金だと思います。いまではたいした金額ではありませんが、当時では大金でしょう。子供がいないので、その代わりに家でも直そうか、と思っていたのかもしれません。

蒲田のトリスバー会った時、三木が初めに店のママに席を外させたのは、これから自分がしゃべることが「盗まれた金の取り立て」のことであって、大声でもめる可能性があったからに他なりません。

ちなみに「かめだはかわりませんか?」などを聞いたのは自分で、三木が警察を退職して愛媛に住んでいることは知りませんでした。ちなみに店の女給の証言で「なにかズーズー弁のような話し方」というのはもちろん私の事ではありません。

三木は「あんなに良くしてやったのに、金を盗んで逃げるとはどういうことなんだ?」と諭すように言いました。しかし水割りを飲みながら話が進むと、三木はだんだんと激高していきました。元々酒が入ると自分の正義感や「人としてこうすべき」などの説教が始まるタイプだったようで、その時も「いま自分は警察官ではないが、おまえのやった事は犯罪である」として、警察にすべてを話して自首しろと迫りました。

自分がいま置かれている立場としては自首するつもりもないし、それはできない。金を返すからなんとか許してもらおうとしましたが、頑として「罪を償え」と言い張りました。融通が利かない三木には困りはてましたが「とにかく外に出ましょう」となり、私が会計を済ませてから店からそれほど遠くない暗い操車場のほうに歩いていきました。

またの折にお手紙をしたためます。

東京拘置所/東京都葛飾区小菅 ©2024 ryohei imanishi

第5話: https://note.com/ryohei_imanishi/n/n6ddb70aea2f3

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