なぜ今、「ムーンショット」か?
近年"ムーンショット"という言葉が再度注目を集めています。
もともとは、1960年代のアメリカにおいて、当時のジョン・F・ケネディ大統領が提唱した「アポロ計画」に由来することは皆さんご存じかと思います。
ムーンショット(Moonshot)とは、壮大な目標から逆算し、実現することで大きなインパクトをもたらす挑戦的な目標のことです。この言葉は、米国大統領ジョン・F・ケネディが提唱したアポロ計画における人類初の月面着陸プロジェクト「ムーンショット」に由来する。
1961年のアポロ計画の発表当時、米国はロシア(旧ソ連)に宇宙開発で後れを取っていました。ケネディは実現困難な目標だが、巨額の投資をしてでも「月に向かう」ことが米国の科学技術を発展させ、産業競争力の強化につながると信じて、アポロ計画を策定、実行しました。1969年7月20日、その言葉通り人類が初めて月に到達し、帰還することができました。その半世紀後の今、再びムーンショットという言葉が、研究開発や企業経営のキーワードになっています。(経営ハッカーより)
日本においても、内閣府が破壊的イノベーションを創出することを目的とし、「ムーンショット型研究開発事業」をスタートさせます。
内閣府の取り組みの良し悪しには、議論があるでしょうが、「ムーンショット」に注目が集まっていることは事実です。
そもそも、現在「ムーンショット」が注目されている一つの理由は、
元ペプシコーラのCEOで、Apple社に引き抜かれたジョン・スカリーの著書の存在が大きいです。
では、なぜ今ムーンショットなのか、少し考えてみたいと思います。
(ちなみに、ジョン・スカリーの本は未読です笑)
ケインズの予言
イギリスの経済学者ケインズは、1930年に「われわれの孫たちの経済的可能性」というエッセイの中である予言を行っていました。
その予言とは、「100年後、先進国での生活水準は向上し、1日の労働時間は3時間程度になっているだろう」というものです。
ケインズは、100年の間に経済的問題が解決され、生活に必要なものは十分に手に入る時代が来るだろう、と予測したのです。
ケインズの予測は、"生活水準の向上"という観点では概ね当たったと言ってよいでしょう。先進国各国で、多くの人は不自由なく生活するための衣食住には困らない時代になっています。
しかしながら、ケインズが当時予測したように1日の労働時間が大幅に短くなるようなことは起こりませんでした。
なぜでしょうか?
「労働は、人々が不自由なく生活するためのものである」という、前提が成立しなかったためです。換言すれば、人々のニーズが"不自由なく生活する"ということ以上に拡大しているということです。
解決すべき課題の枯渇
では、私たちがいま抱えているニーズとはどういったものでしょうか。
その多くが"Nice to Have"、つまり「あれば良いが、なくても困らない」ものではないでしょうか。
つまり、"本当に解決すべき課題"が枯渇しているのだと思います。
さらに、日本は明治維新以降、先を行く欧米諸国との"差"がこそが解決すべき(=埋めるべき)課題でした。
このため、自ら課題を見つける・設定することに慣れていないのではないでしょうか。
(教育面において課題を解決する能力の向上に重点が置かれているのも、同様の経緯と思います)
イノベーションが生まれにくい時代
なぜイノベーションが生まれないのか
イノベーションというと、「解決策がいかに斬新か」ということに目が行きがちですが、
個人的には「解決する課題が、人々の生活においてどれだけ深刻か」ということも重要な要素だと思います。
つまり、例え斬新な解決策であったとしても、我々の生活において重要な課題を解決してくれないものは、イノベーションとは呼べないのです。
そてい、上述の通り、我々の生活において"解決してくれなければ困る課題"が減ってしまっているため、イノベーションが起きにくいのです。
イノベーションの目的化
さて、ここまで読むと違和感を持たれる方も多いのではないでしょうか。
手段たるイノベーションが、あたかも目的のように見えるからです。
イノベーションの目的化は多くの企業・組織でも起こっています。
冒頭に取り上げたムーンショット型研究開発事業のWebサイトにおいても、破壊的イノベーションの創出が目的化しているように読み取れます。
「ムーンショット型研究開発事業」は、
我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、
従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発
(ムーンショット)を推進する新たな事業です。(ムーンショット型研究開発事業HPより)
確かに、破壊的イノベーションを起こした企業が市場において競争優位を築いていることは言うまでもありません。
しかし、彼らはイノベーションを起こしたから競争優位を築けたのではなく、適切な課題を設定し、その課題を解決したから競争優位を築いたのです。その手段を、人々がイノベーションと呼んでいるに過ぎません。
課題の設定が成否を決める
解決すべき課題が枯渇している現代においては、真に解決すべき課題を設定を見出し、それを経営アジェンダとして設定する必要があります。
しかしながら、日々の生活が満たされている現代において、今すぐ解決すべき課題はそう多くないのではないでしょうか。
しかも、世の中が複雑化し、すぐに解決することも難しい時代です。
だからこそ、長期的視点に立って課題設定が求められており、
その課題設定こそ"ビジョン"であり、"ムーンショット"なのだと思います。