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【官能小説】春夏冬中【5/7】

注意
この小説には暴力的な表現が含まれています。(SM、凌辱等)
苦手な方はブラウザバックをお願いします。
また、このお話は『身勝手な人』の後日譚になっております。



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本編



 駅前の交番で軽い取り調べを受けたあと、事件性なしと判断され解放された。取り調べ中、峰子は一貫して「すべて自分が悪い」「久は悪くない」と牧野の無罪を主張した。牧野も警察からの取り調べに対して「峰子さんにいわれてやった」といい、それがたまたま居合わせた乗客に痴漢と見間違われたという主張を繰り返した。警察は終始、二人のとってつけたような張りぼての言い訳を疑っていたが、最後には「誤解を与えるような行動はしないように」と叱られて終わった。
 交番の外に出ると冷たい風が頬を撫でてきた。その風があまりにも冷たいので、もう冬が来たのかと峰子は思った。だがすぐに考えを改め直した。もう冬だ。目の前に立つ街路樹の葉がすでに落ちており、寂しい姿になっていた。
 思えばここ最近色々とありすぎて、秋の到来に気付くことができなかった。街に植えられた木々の紅葉も、茶色くなって地面に落ちた枯れ葉も、どこからともなく香ってくる金木犀の匂いも、今年は気が付くことができなかった。それほど忙しい毎日だった。
 腕時計を見ると、もうすぐ午後の十時を回ろうとしていた。あまりにも長い一日にさすがの峰子も疲れを感じた。今いる場所から自宅マンションまでは徒歩で十五分かかる。普段なら歩いて帰るのだが、今はその距離でさえ歩きたくなかった。
 峰子はあたりを見渡し牧野を探した。彼はすぐに見つかった。十メートルほど先のフェンスにもたれて俯いていた。峰子はまっすぐ彼の元に向かった。二人の距離が一メートルほどにまで近づくと、ようやく牧野が顔をあげ、フェンスから起き上がった。
「今日、タクシーで帰らない?」
 問いかけたつもりだったが、牧野からの返事はなかった。彼は終始難しい顔をして、眉間にシワをよせていた。こういう時の彼は何をいってもいうことを聞かない。手を差し伸べてもすぐに振り払って、一人でいることを好む。そのくせに人一倍かまってほしくて、何もしないと怒る。
 峰子は仕方なく右手を差し出して握るように促してみた。案の定、差し出された手を牧野は無視した。ここで手を引っ込めると怒ってくるので、もう一度右手を差し出した。何度かそのやりとりを繰り返すと、彼は怒った顔をしながら、ようやく手を握ってきた。その後、タクシーに乗り込んで自宅に向かった。
 行先は自宅マンションのそばにあるコンビニを指示した。その行先を告げた瞬間、運転手の態度が悪くなった。きっと短い距離だったのが気に食わなかったのだろう。
 運転手から、まだ入ったばかりの新人で道がわからないから指示してくれ、と頼まれた。思うところのある峰子だったが、仕方なく運転手の指示に従い道を案内した。だが交差点を右に曲がるよう指示すると、無視されて一個先の交差点を曲がられた。その後もこちらの指示を無視することが多々あった。少しでも料金を稼ごうと遠回りしているのがわかった。
 だが峰子は運転手のことなど気にしてはいられなかった。そんなことよりも、運転手が指示を無視するたびに、強く右手を握ってくる牧野を押さえつけるので必死だった。今トラブルを起こされて警察に通報されでもしたら、先ほどの行動がすべて水の泡になる。それが何度も頭をよぎり、峰子は身を乗り出して怒ろうとする牧野を止め、必死でなだめた。
 ようやくコンビニに着くと、運転手が棒読みで謝ってきた。そのくせ料金はきっちりと請求してきた。峰子は素早く支払いを済ませ、今にも怒りそうな牧野の手を引き、タクシーから降りた。
「ごめんね」
 タクシーが去っていったタイミングで峰子は謝った。当然、牧野からの返事はなかった。
 握られている手に力が加わった。次第に指へと流れる血流が少なくなり痺れだした。彼が強く握っている。そのことを理解した時、手を引かれた。
 肩から先が取れてしまうのではないかと思うほど強い力だった。前のめりになりながら、峰子はどうにか足を前に出した。しかし牧野は止まらず、手を引いたまま歩き始めた。峰子の中に言い表せない気持ち悪さと、嫌な予感があらわれた。
 今までにも同じようなことがあった。仕事中に常連の男性客と話をしていたのを見られた時や、見知らぬ男性に道を訊かれた時などがそうだった。時には駅前で飲み屋のキャッチに声をかけられただけで手を引かれたこともあった。酷い時は何の理由もなく手を引かれることもあった。
 彼が手を引くときの目的は一つしかない。それを知っている峰子は、腕に走る痛みに耐えながら、引きずられるように歩いていった。
 ようやく家について玄関の中に入ると、牧野によって軀をドアに押し付けられた。何が起こったのか把握する暇もなく、無理やりキスをされた。
「んんっ! んんんっ!」
 息ができないほどの長いキスだった。あまりにも息苦しいので、どうにか呼吸しようと顔を横に背けた。しかしすぐに両手で頬を押さえつけられ、また正面に戻された。そして視界がぼやけるまで、息の出来ないキスを繰り返された。
「んぷっ……ぷはあっ! はあ……はあ……」
 意識が飛びそうになる寸でのところでようやく呼吸ができた。しかし息を整えている暇はなかった。彼によって再び手を引かれたからだ。軀の殆どに力が入らなくなり歩くだけで精一杯の峰子は、なすがままに彼に引っ張られた。
 彼が一歩進むたびに床から重い音が鳴った。まるでやり場のない怒りをぶつけているようだった。もうすぐその怒りを自分にぶつけられると思うと、足がすくんでしまった。しかし歩みを止めることもできなかった。無理やり引っ張られるせいで、止まろうにも止まることが出来なかった。
 暗い廊下を突き進み、リビングの扉を開けてもなお牧野は止まらなかった。テーブルを横切り、ソファーを横切り、真っ直ぐ目的地へと進んでいった。そしてリビングと和室を繋いでいる襖の前でようやく止まった。
 襖の奥は八畳の和室だ。そこは普段寝室として使っている。やっぱりここか、と峰子は思った。わかっていたことだが、やるせない気持ちになった。
 強引に襖が開かれて部屋の中に連れ込まれた。峰子は抵抗らしい抵抗をせず、吸い込まれるように部屋の中へ入った。
 襖が閉められると急に部屋の中が暗くなった。窓の外から差し込む月明かりだけが寝室の唯一の光源になった。今夜の月は満月なのか、ぼんやりと部屋の様子をうかがい知ることができた。
 今朝、時間がなくて敷きっぱなしの布団が目に入った。毛布も掛け布団も枕も、全部グチャグチャだった。
 視線を牧野に戻すと、彼の姿が徐々に大きくなっていることに気が付いた。やけに遅い動きだった。息苦しさからくるものなのか、それとも脳からアドレナリンが出ているからなのかはわからなかった。ただ、牧野が自分に近づいていて、軀に向かって手を伸ばしていることは理解できた。
 軀を触ろうとしてきた手を峰子は叩いた。そして間髪入れずに牧野の頬に平手を打った。乾いた音が部屋の中に響く。その瞬間、先ほどまでの遅い動きがすべて解かれ、あらゆるものの動きが元の早さに戻った。
 掌が熱くなり、その熱さは次第に痛みへと変わった。今まで感じたことのない痛みだった。牧野に手を挙げたのは、これが初めてだった。
「ふざけないで……」峰子はいった。
 痛みの残る手を胸の前で抱くと、全身を締め付けられるような緊張が走った。心臓も高鳴った。身体のいたるところが震えはじめ、頭に血が上り、チリチリと音を立て、火に油を注いたように全身が熱くなった。
「どうしてすぐに私を求めるのよ。私の気持ちも、少しは考えてよ。あんな大勢の前で土下座して、恥ずかしい思いをして、警察にも叱られて……」
 牧野からの視線が痛い。それでも止めることはできなかった。
「あんなことがあったのに平気で抱き着いてきて、私の気持ちなんか少しも気にしないで、イヤっていっても無理やり襲って、自分の気が済むまで腰振って……。散々私を嬲ったくせに、終わったら慰めもしないですぐに消えて……。いったい、いったい私を何だと思ってるのよ。私は……私はあなたのおもちゃじゃない!」
 今まで押さえつけてきた感情を爆発させた峰子は、もう一度牧野の頬めがけて平手を打った。一度だけでは収まらず、打った勢いのまま二、三度繰り返した。それでもあふれ出てくる感情を抑えつけることができず、そのしなやかな指で握り拳を作り、彼を叩き始めた。
「どうして! ねえどうしてよ! どうしてそんな酷いことを平気でできるのよ! 私、もう久のことがわからない。あなたのこと、少しもわからない!」
 自然と涙があふれてきた。彼の胸を叩けば叩くだけ、涙も一緒にあふれてきた。この一年間で押さえつけていた感情は、もう歯止めが効かなくなっていた。
「私は、私は全部覚悟して久を受け入れた。毎日抱かれることも、道具のように使われることも全部覚悟した。久のことを愛してるから、全部我慢して受け入れた。それなのに、久は私のことなんてまったく考えてくれない。いつも私に押し付けてくるだけで、自分のことしか考えない」
「……」
「私が、どれだけ我慢してきたと思ってるのよ。妊娠した時だって急に私の前から消えて、責任も取ろうとしないで、堕ろして、ってメッセージだけ送ってきて。普通、あれだけ中に出したら妊娠することぐらいわかるでしょ。堕ろす時、私がどれだけ苦しんだと思うのよ!」
「……」
「毎日抱かれる私の身にもなってよ。あなたの性欲を処理される私の身にもなってよ。道具のように好き勝手使われる私の身にもなってよ!」
 思いのたけをぶつけた峰子は、そのしなやかな指でもう一度拳を作り、渾身の力で牧野の頬を殴った。パチッっという弾けた音がなり、牧野の頬に当たった。人肌にめり込む鈍い感触は、たとえようがないぐらい気持ち悪いものだった。それなのに、いうことを聞かない身体が勝手に動いて、もう一発、牧野の頬に拳を当てた。
 あまりにも気持ち悪くなり、立っているのもしんどくなった。その場にへたり込み、両手で顔を覆った。涙と嗚咽がとめどなく部屋に流れた。やるせない気持ちに身体を支配された。そして、牧野によって布団に押し倒された。
 悲鳴を出す前に唇を塞がれた。乱暴なキスが始まった。何度も唇を貪られ、舌を入れられ、唾液を飲まされた。彼の行為からは、反省なんて言葉は一ミリも感じられなかった。
「んっ! んんっ!」
 どうにか彼を引き剥がそうとしてみるが、岩のようにまったく動かない。もう一度拳を作って今度は背中を叩いてみたが、焼け石に水でまったく効果を感じない。それどころか、叩いていた右手を掴まれて布団に押し付けられる始末だった。
「んぷっ! んんっ! ぷはあっ、いや、もういや――んんっ!」
 いくら暴れても、彼が上から押しつぶしてくるせいで逃れることが出来ない。助けを乞おうにも、穢いキスで唇を塞がれているせいで声も出せない。いっそのこと軀から力を抜いて楽になってしまおうかと考えたが、これ以上、彼のいいなりにはなりたくなかった。
 口内を犯している彼の舌を、峰子は前歯を使って噛んだ。
「ッ!」
 舌はすぐに引っ込んだ。同時に牧野も軀から離れた。軽く噛んだつもりだったが、思った以上に痛みを与えてしまったらしい。掌で口元を抑えながら苦しそうにうずくまっている。しかし彼の顔はこちらを向いており、その目は真っ直ぐこちらを捉えていた。その瞳の中に、ギラついた性欲が宿っていることを峰子は見逃さなかった。
「何すんだよ!」
 牧野が叫んだ。いたるところに怒りと脅しが混じっていた。あれだけ必死に訴えても、彼の心に何一つ響いていないことに峰子は悲嘆した。
「どうしてよ……どうしてわかってくれないのよ!」
「俺に峰子さんの苦しみをわかれっていうのか。そんなの無理に決まってるだろ。俺がどんな男か最初にいったはずだ。加虐しないと興奮しないって、泣いている顔を見ないと興奮しないって」
「それはセックスの話でしょ。今私がいってるのは、そんなことじゃない!」
「じゃあ何だっていうんだよ!」
 思わず頭を抱えそうになった。少しでも常識を知っていれば、決して理解できない話ではないはずだ。
「久は……私のこと本当に愛してるの?」
 大きな舌打ちが聞こえた。面倒くさい女だとでも思っているのかもしれない。それか自分の思い通りに事が進まないことに怒っているのかもしれない。どちらにしろ、峰子には先ほどの舌打ちが彼のすべてに対する答えに聞こえてならなかった。
「わかった。もういい。もう私のこと、好きにすればいい」
「えっ?」
「犯したいんでしょ。だったら早く犯しなさいよ。道具のように私を使って射精しなさいよ。外でも中でも、好きなところに出していいから。全部受け止めてあげる。その代わり、これで最後よ」
 いい終わると、急に牧野が押し黙った。顔からも焦りの表情が出始めている。ようやく事の重大さを理解したらしい。
「み、峰子さん……」
「なに日酔ってるのよ。早く私を強姦しなさいよ。私に無理やり抱き着いて、セックスして、嫌がる私を無視して気持ちよく一人で逝きなさいよ。それがしたいんでしょ!」
「ち、違う。俺は――あ、愛してるよ」
「嘘いわないで!」
「う、嘘じゃない。本当だよ」
「なら、何でこんなひどいことするのよ! 本当に私を愛してるなら、こんなひどいことしない筈よ!」
「それは……」
「ほら、答えられないってことはそういうことなんでしょ。結局、私のことなんて都合よくヤらせてくれる女としてしか見てないんでしょ。私のことなんて、使い捨ての道具ぐらいにしか思ってないんでしょ。私のことなんて、一ミリも愛してないんでしょ!」
 一気にまくしたせいで呼吸が苦しくなった。どれだけ深く呼吸をしても息が整わない。それでもいいたいことがまだ山のようにあり、自然と口が動いてしまった。
「結局、久は自分が満足できて中に出せる女なら誰だっていいんでしょ。私のことだって、いつでもヤれるちょうどいい女程度の認識なんでしょ。だったら私じゃなくてもいいでしょ。ソープでもどこでも、ヤらせてくれる女の所に行きなさいよ!」
 思いのたけをぶつけた峰子は、再び牧野によって布団に押し倒された。しかし驚きはしなかった。罵倒されて黙っていられるほど彼は寛容ではない。だから彼が怒って襲ってくることも、予想が出来た。
「ああっ、いや! 離して、離して!」
 必死で暴れる峰子だったが、牧野がそれ以上の力で押さえつけてきた。両手首を捕まえられ、布団に押し付けられ、挙句は馬乗りの状態で上から体重をかけてきた。
 峰子は抵抗するのをやめた。もはや何をしても、何をいっても無駄だと悟った。そして静かに目を閉じて覚悟した。心の底で恐怖が芽生える。それが尋常ではない速度で胸の奥に広がっていき、すべてを黒い霧で包んでしまった。
 全身に硬直が広がる。力など入れようとしていないのに、無意識に力を入れてしまう。そのせいで、もうすぐ犯されるという現実が峰子にさらなる恐怖を与えてきた。今すぐ彼に謝り、許してもらうことを考えてしまうほどの恐怖だった。
 だが謝ろうとする口を、峰子は必死で紡いだ。恐怖が襲ってくるたびに下唇を噛んで、痛みでごまかした。遂には口角から紅い鮮血が一筋の川になって流れ出るほどだった。それでも、これですべてが終わるという希望に縋り続けながら、峰子は噛むことを辞めなかった。
 だが、いくら待っても牧野は襲ってこなかった。一分経っても、五分経っても、彼は襲ってこなかった。何もされない時間が峰子に苦痛を与えてきた。
 我慢できなくなった峰子はおそるおそる瞼を開いて牧野を見た。そして目の前で起きている現実に目を疑った。
 牧野が泣いていた。
 彼の涙を見るのは初めてだった。
「――!」
 牧野が叫んだ。
 あまりにも最低な愛の押し付けに、峰子は気が狂いそうになった。


続き


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