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【官能小説】すれ違う愛の言葉【前編】

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 上野にある美術館のロビーで、佐々木良枝は椅子に座りながら展示会場の出口を見つめていた。一人、また一人と出てくるが、祐一の姿はまだ現れない。
 腕時計を確認すると、もうすぐ美術館に入ってから三時間が立とうとしていた。良枝が展示会の鑑賞を終えてからは、すでに一時間が経過している。
 一人で鑑賞したいという祐一の要望で途中から別れて以降、彼の姿を見ることはなかった。おそらく自分のほうが先に見終わるだろうなという予想はついていた良枝だが、ここまで待つことは予想していなかった。一応、この後にはレストランの予約が入っている。そのことは彼も知っているはずだ。彼を待つことは好きだが、良枝は少し焦った気持ちになってしまった。
「良枝さん」
 何処からか名前を呼ばれた。声の質で、祐一でないことはすぐにわかった。嫌な予感が頭の中をよぎった。良枝はあたりを見渡して声の主を探した。
 ノリの効いたスーツを着た末永智之が、五メートルほど先に立っていた。日に焼けた肌のせいで、白い歯が余計に輝いて見えた。彼は、良枝が経営している会社の取引先の社長である。

「あら、末永さん。こんにちは」
「今日もお綺麗ですね。隣、よろしいですか」
「ええ、もちろんです」

 そういって、スーツの前ボタンを外しながら末永が隣に座ってきた。

「こんなところで良枝さんと出会えるなんて、思ってもいませんでしたよ。もっといいスーツを着てくるべきだった」
「そんなことはありませんよ。今でも充分かっこいいです」
「そういってもらえると助かります。今日は、アレを見に来られたんですか?」

 末永が展示会のポスターを指差しながらいった。

「ええ、そうです」
「いいですよね、彼の作品。僕はもう五回も見に来ているんですが、何度みても衝撃を受けてしまいます」
「そんなに来られているんですね。羨ましいです。私は今日が初めてなんですけど、会場を出てしまったことを、今更ながら後悔しているところです」
「僕も同じです。もっと目に焼き付けておけばよかったと後悔しています。でも、だからこそまた来ようって気になるんですよね。芸術が人に与える影響は絶大ですから。――ところで、今日はお一人で来られたのですか? もしよろしければ、この後食事でもどうです? 実はこの辺りにおいしいフレンチのお店があるんですよ」

 末永がいつもの口調で食事に誘ってきた。彼から誘われるのはこれが初めてではない。仕事でもプライベートでも、もう何度も誘われている。顔も体も悪くない男だ。お金も十分に持っている。歳も三十七歳と、お互いに同い年だ。普通であれば、まず間違いなく了承している男だ。

「お誘い、ありがとうございます。大変嬉しいのですけど、ごめんなさい。私、今日は一人ではないんです」
「お友達とご一緒ですか? でしたらそのお友達も――」
「いいえ、友達ではないんです。彼氏です」

 一瞬、末永の顔が歪んだ気がした。よほど効果があったに違いないと良枝は思った。

「あっ、そうでしたか。いやあ、まさか良枝さんに彼氏がいたとは思わなかったです。おっと、これは失礼にあたりますね。すみません」
「いいえ、お気になさらず」
「よくよく考えてみれば、あたりまえのことですよね。良枝さんみたいな美人を放っておく男なんて、どこにもいません」
「それは言い過ぎです」
「そんなことはないです。良枝さんはとても綺麗ですよ。でも……ひとつだけ忠告しておきましょう。その彼氏はやめておいた方がいい」
「あら、どうして?」
「あなたみたいな美人をこんなところで一人で待たせているからです。僕ならそんな退屈なことは絶対にさせません」
「私、こう見えても待つのは好きなんです」
「それは初耳だ。でも、それだけではありません。本当の理由は、目を離した隙に他の男に取られてしまうからです」
「あなたみたいな人に?」
「さあ、どうでしょう」

 末永が意味深な笑顔を浮かべてきた。しつこい男だな、と良枝は思った。取引先相手だけに、邪険に扱えないことへのいら立ちも募ってきた。
 今までにも彼のような男は何人もいた。だが末永ほどしつこい男はいなかった。何度断っても諦めずに誘ってくる。数えきれないほどのプロポーズも受けている。初めに告白されたのも、今から五年以上前だ。きっと、自分が手に入れたいものは何が何でも手に入れたい主義の人間なのだろう。だからこそ、彼の女にはなりたくないという意思が良枝の中にはあった。

「どうでしょう。彼氏くんも一緒に食事に連れて行くというのは。私も一度お会いしてみたいですし、良枝さんの彼氏なら大歓迎ですよ」
「それは無理なご相談ですね。彼、人見知りですから。それに、今日は完全なプライベートで来ていますので。すみません」
「そうですか。それなら仕方ありませんね」

 やけに引き際がいいなと良枝は思った。普段の末永なら、ここからまだ押してくるはずだ。気を引くための新たな手口か? と良枝は訝しんだ。その時、

「良枝さん」

 と名前を呼ばれた。
 慌てて顔を上げると、祐一が立っていた。ずっと末永を見ていたせいで、彼がそばにいることに気付くことができなかった。

「この人、誰?」

 すかさず祐一が訊いてくる。その目線は末永を捉えており、敵を見るように睨みを効かせていた。良枝は慌てて腰を上げ、祐一のそばに立った。

「末永さんっていうの。取引先の社長よ」
「どうも初めまして。末永です」

 そういって末永が腰を上げ、祐一に握手を求めた。渋々といった表情で、祐一は末永の手を握った。

「あなたが良枝さんの彼氏さんですね。いやあ、驚きました。まさかこんなにもお若いとは。今、おいくつですか」
「二十歳です」
「お仕事は?」
「小説を書いてます」
「素晴らしい。どのようなお話を書かれているのですか? もしよろしければ、作家名も教えていただけるとありがたい」

 末永が一番痛い部分を突いてきた。途端に祐一の歯切れが悪くなった。当たり前である。彼はまだ文学賞もとれていない無名作家なのだ。自費出版で出した本が一冊あるが、もちろん増版などされず、売れ残った在庫が山のようにある。

「どうされました?」

 してやったりの顔をうかべながら、末永が追い打ちをかけてきた。良枝はたまらずに二人の間へ入った。

「答えられないんですよ」
「おや、どうして?」
「読者のためです。彼、自分のことを知られることで作品に余計な先入観を持たれるのを嫌がるんです」
「それは愚策ですね。小説家は作者自身が広告塔にならなければ売れませんよ」
「彼はお金目的で書いているわけではありませんから」
「そうですか。まあ、そういう考え方も否定はしませんが。しかし非常にもったいないですね。私ならそんなことは絶対にしない。余計なお世話かもしれませんが、小説家に限らずクリエイターは知名度がなければ意味がない。売れてなんぼの世界ですからね。いくら話がおもしろくても、その他大勢の作品に埋もれて編集者の目に届かなければ意味がありません。売れなければお金が稼げない。お金が稼げなければ生活ができない。これは天地がひっくり返ってもゆるぎない事実です。特に、将来を共にするパートナーがいるのであれば、なおさらでしょう」
「貴重な御意見、ありがとうございます」
「お礼には及びませんよ。おっと、もうこんな時間だ。失礼、私これからようじがありまして。では、今度また食事にでも行きましょう。それでは」

 そういって、末永は去っていった。
 祐一を貶すだけ貶して、言い終わるとさっさと立ち去る態度に良枝は腹が立った。最後にいわれた言葉も、自分だけに向けられた言葉だ。名前こそ出してはいないが、目線は完全に自分だけを向いていた。

「ごめんなさい。あの人、昔からああいう性格なのよ。だから気にしないで」
 良枝はいった。何の慰めにもなっていないことは明らかだった。
 良枝は、横目でちらりと祐一を見た。苦虫を噛み潰したような、苦しい表情を浮かべていた。
 
 

 ♢

 先を歩く祐一との距離は、一向に縮まりそうになかった。むしろ少しずつ離れているようにも感じられた。このまま彼がどこか知らないところへ行ってしまうのではないかと焦った良枝は、不安定な砂利道の中を早足で駆けていった。
 末永と別れて以降、わかりやすいほど祐一が不機嫌になった。話しかけても無視をして、ようやく返ってきた返事もどこか投げやりだ。貶されたことに怒りを感じているのか、それとも人前で自分の女を取られそうになったことに嫉妬を感じているのか、はたまたその両方なのか、良枝にはわからなかった。

「祐一」

 先を行く祐一の背中に向かって良枝は声を掛けた。彼は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。怒っているような寂しいような、複雑な表情をしている。

「この後、どうする?」
「……」
「お家に帰る?」

 コクリと祐一が頷いた。良枝も同じ気持ちだった。今のこの精神状態では食欲などわくはずもなかった。たとえ出されても、せいぜい一口か二口が限界だろう。こうなってしまった以上は、致し方ないと思った。
 良枝はカバンからスマホを取り出して、レストランにキャンセルの電話をかけた。申し訳なさそうに体調か崩れたことを言い訳にしてみると、馴染みの店だったので、どうにか了承を得ることができた。
 上野駅に着いた二人は電車には乗らず、タクシー乗り場へ向かった。ちょうど一台だけ止まっていたので、そのタクシーに乗り込んだ。

「日本橋までお願いします」

 そう伝えると、運転手が不愛想に「はい」といって車を発進させた。
 車内は重苦しい空気で溢れかえっていた。いくら息を吸っても、窒息寸前のような苦しさがどうしてもぬぐえない。窓から流れてくる景色も、まったく目に入らない。横に座る祐一は腕を組んで窓の外を睨んでいる。声を掛けることなど、到底できそうにない。
 よりによって、どうして今日あの男に出会ってしまったのだろうと良枝は思った。あの男に出会わなければ、今頃はレストランで楽しい食事ができていたはずだった。それが今は重い空気しか吸えないタクシーの中にいる。下手をすれば、別れ話が飛んできてもおかしくはない状況だ。もっと早い段階から強い言葉で拒否を示しておけばよかったと、良枝は後悔した。
 日本橋にはニ十分ほどで着いた。そこからさらに運転手へ細かな支持を出して、自宅マンションの前まで送ってもらった。支払いを済ませて外に出ると、祐一はまた一人で先に行ってしまった。
 ホテルのような装飾のフロントを通り過ぎ、エレベーターで最上階へとあがった。廊下を進み、一番突き当りの部屋の前まで来ると、ようやく彼の足が止まった。
 良枝はカバンから鍵を取り出して、ドアを開けた。祐一が先に入り、良枝はその後に続いた。ガチャン、と普段聞く音よりも重くドアが閉まった。
 廊下を進んでリビングに入ると、祐一はすぐにソファーへ座って貧乏ゆすりを始めた。何か嫌なことがあると必ずする、彼の悪い癖であった。

「祐一。気持ちはわかるけど、それやめて」

 普段ならもう少し強い口調だが、今日ばかりはやさしく注意した。祐一は舌打ちして不貞腐れたように背もたれに寄りかかった。

「ごめんなさい。こんな思いさせて」
「そんなことどうでもいいよ。それより、あの男と良枝さんはどういう関係なの」
「仕事での取引先相手。それ以上でも以下でもないわ」

 良枝はいった。彼の目がギロッと睨んでくる。普段の祐一からは想像も出来ないほど怖い目をしていた。だが、彼がこうなるのも無理はないと彼女は思った。

「こんなこといいたくないけど、あの男と浮気してるなんてことないよね」「それはない。安心して」
「本当に?」
「ええ、本当よ」
「じゃあ、なんであんなに楽しく話していたの」

 先程よりも睨みを効かせた祐一が、強い口調で責めてきた。いつから会話を聞いていたのかわからないが、末永との会話を見て、どうやら誤解をしたようだ。

「祐一、あなたなにか誤解しているわ」
「誤解なんかしてないよ。見たまんまのことを話しているだけじゃないか」
「それが誤解だっていっているのよ。別に楽しく話したりなんか――」
「嘘つくなよ! 椅子に座って、楽しくお喋りしてたじゃないか!」

 急に大声を上げて、祐一が怒鳴ってきた。

「先に会場出たのも、あの男と会うためだったんだろ。だから俺と一緒に回ろうとしなかったんだろ」
「違うわ。一緒に回らなかったのは、祐一が一人で見たいっていったから」
「だからって離れていくことないじゃないか。僕のそばにいてくれればよかったじゃないか!」
「そばにいたら集中できないっていったのは祐一でしょ。私のせいにしないで」

 彼の気持は十分に理解できた。誤解するのも無理はないと思った。だからといって、自分が悪者扱いされることには納得がいかなかった。

「末永さんとは本当にたまたまロビーで会っただけよ」
「だとしても、あんなに愛そうよくする必要なんかないだろ。適当にあしらっておけばいいじゃないか」
「末永さんは取引先の社長なのよ。いくら何でもそんなことは出来ないわ」
「うるさい! そんな言い訳聞きたくない! 俺のことが嫌いなら嫌いって、はっきりいえばいいじゃないか! それにさっきから末永、末永って、どうしてあんな奴の名前なんか呼ぶんだよ!」
 そういって、祐一がドンッとソファーの背もたれを拳で叩いた。そして勢いよく立ち上がり、近づいてきた。
 床を踏み鳴らすように歩きながら、祐一が近づいてくる。頭の中の本能が、このままでは危険だというサイレンを鳴らし始めた。だが良枝は、はじめて見る暴力的で嫉妬に狂った祐一に恐怖を抱きつつも、そんな祐一から逃げたくないという思いから後ろに下がろうとする足を必死になって押し留めた。やがて目の前に来た祐一が、遠慮なく良枝に抱きつきて、床に組み倒した。

「ちょっと、祐一。待って。やめて」
「正直にいえよ。俺のこと好き? それとも嫌い?」
「もちろん好きよ。愛しているわ」
「じゃあ、あの男とはもう二度と会わないって約束して」
「それは……む、無理よ。仕事をしていれば、必ず会う相手だもの。でも遊びや食事に行くなというのなら、約束するから」

 諭すようにいってみたが、それは祐一が望む答えではなかったらしく、みるみる内に彼の表情が厳しいものに変わった。

「俺とあいつ。どっちが大切なの」
「もちろん祐一に決まっているわ」
「じゃあ二度と会わないって約束してよ」
「それは……。お願い……無理いわないで」

 言い終わった次の瞬間、良枝は無理やり唇を奪われた。

「ふっ、ううう……んん!」

 祐一の体重が軀にのしかかってきた。身動きが取れなくなくなり、おまけに肺が押しつぶされて呼吸もできない。重ねられた唇も、キスというより貪り食われているようだった。

「んっ……ぷはっ、あ、祐一っ。お願い待って、ん、んんんん!」

 腕枕のように首の下へ片腕が入り、もう片手で頭を固定された。その状態で強く引き付けられ、息ができないぐらいに長いキスが始まった。
 呼吸ができないせいで苦しくて仕方がない。どうにか抜け出せないかともがいてみるが、動けば動くだけ体中が酸素を欲しがり、息苦しさが増すばかりだ。どうにか酸素を肺に届けようと試みても、肺が押しつぶされているせいで十分な呼吸ができない。その結果、すぐ酸欠になってしまった。さらに動けば動くだけ、祐一が圧倒的な力で制圧してくるせいで余計に苦しくなっていった。
 顔を左右に振ってみるが、祐一の唇が離れることはなかった。いよいよ限界が近くなった良枝は、視界の端がぼんやりと滲んできて、徐々に視界が狭まってきたことに気が付いた。そして意識だけがはっきりと残った状態で、視界が完全に真っ暗になった。

「ぷはあっ、ゲホッ! ゲホッ! はあ……はあ……」

 咳き込みながら、肩で息を吸った。冷たい空気を思いっきり吸って、これでもかと肺に酸素を送り込んだ。おかげで息苦しさはすぐに解消したが、言葉では表現できない気持ち悪さが残った。
「良枝さんは俺だけのものだ。他の男のことなんか考えてほしくない。俺のことだけを好きで、俺のことだけを愛して欲しい。だから好きっていって」
 良枝は頷いた。頷くだけで精いっぱいだった。同時に、ここまで祐一が嫉妬していたことに良枝は驚いた。
「ちゃんと言葉にしていって」
「す、好きよ」
 そういうと、再び彼が唇を塞いできた。先程とは違い、今度は舌を挿れてくる深いキスだった。
 彼の長い舌が縦横無尽に犯してくる。生暖かい感触が口の中へと一気に広がり、彼の唾液が一方的に送り込まれた。そんな彼の行為が、他の男を寄せ付けないように体の中から自分色へ染めているように思えてならなかった。
「んうっ……いあ、まって、まって。んうっ」
 そういう行為がしたいのであれば、したいと正直にお願いしてほしかった。愛を確かめ合うためならば喜んで受け入れた。嘘偽りなく好きで愛してもいるのに、信じてもらえないことが辛くてたまらない。互いの思いは一緒のはずなのに、少しの誤解が生まれたせいでどこか一ヶ所だけ歯車がかみ合っていない気がした。
「好きっていって。俺が満足するまで、ずっと好きっていって」
 祐一の言葉が耳に届いた。その意味も理解できた。だが声に出すことができなかった。
「やっぱり、あいつのことが好きなんだ。俺よりもあいつのことが好きなんだ」
「違う」良枝は首を横に振った。
「じゃあ早く好きっていってよ!」
「わかったから……いうから。いうから待って。ああっ!」
 軀に絡みついた祐一の腕に力が入った。全身をヘビに締め付けられているような気がした。このまま身体を壊されるのではないかと、良枝は本気で思った。

「祐一、痛い。痛いわ!」
「なら早くいってよ。早くいって!」
「好き」
「もっといって」
「好き」
「もっと」
「好きよ」
「もっと」
「好き!」
「もっと!」
「好き!! 本当に愛してるから!」

 まるで洗脳でもされているようだった。口から出た言葉はすべて真実なのに、頑なに信じない祐一のせいで、途中から何をいっているのかわからなくなった。好きといえばいうだけ、言葉の持つ意味がわらなくなっていった。好きと口にすればするだけ、本当に祐一が好きなのか疑問が生じてきた。

「俺だけをずっと好きでいてよ。俺だけを愛してよ。他の男のことなんか見ないで、俺だけをずっと見ていてよ」

 そういって、祐一がより強く抱きしめてきた。息苦しさを忘れるほどの、強くて熱い包容だった。祐一の気持ちが文字通り痛いほど伝わってきて、良枝は苦しくなった。きっと、自分が思っている以上に彼が私のことを好きだというのがひしひしと伝わってきた。

 その後も愛の言葉を呟いては、祐一からのキスを繰り返された。好きといえは唇を重ねられ、愛しているといえば舌が飛んできた。しかし、何度も愛の言葉を彼の心に注いでも、底に誤解という穴が開いた心が満たされることはなかった。永遠と同じ行為を繰り返して、決して満たされないコップに愛情を注いで、そして漏れ出た不安や嫉妬が祐一を襲い、彼の唇が飛んできた。
 どうすれば彼の不安や嫉妬を消すことができるのか、良枝にはわからなくなった。いくら愛の言葉を伝えても、熱したフライパンに水を一滴たらすぐらい無意味なものに思えてならない。もはや祐一が満足するまで、彼の好きなように、彼の望むことだけをして、ひたすら時間が解決してくれることを願ってもしまった。

「好きっていって」
「好きよ」
「愛してるっていって」
「愛してる」
「僕も好きだよ。愛してるよ」

 そういって、祐一がまたキスをしてきた。良枝の頭の中で、何かが壊れる音がした。これ以上同じ行為を繰り返しても、何も始まらないと思った。

「良枝さん、もう一回好きっていって」
「……」
「良枝さん?」
「……」
「どうしたの? 僕のこと好きじゃないの?」
「いいえ、好きよ。愛しているわ。でも、これ以上はいわない。祐一も、いわれるだけじゃ満足できないでしょ」

 祐一が困った顔になった。何をすればいいのかわからないといった表情だ。

「あなたの感じている不安とか嫉妬とか、全部吐き出してっていっているの。もっと強く抱きしめてもいいし、激しくキスしてもいい。もちろんセックスしても構わない。口でも顔でも、もちろん中でも、好きなところに射精して。あなたが満足するまで、全部受け止めるから」

 いい終わると、良枝は祐一から目線を外して顔を横に向けた。



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