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【官能小説】特別な関係【9/完】

前回のお話




 ぼんやりとした視界の中で意識だけがハッキリとしていた。異様な光景に理解が追い付かず、何度も軀に痛みを与えて悪い夢から覚めようとした。しかし温かい布団で目が覚めることはなく、これは現実なのだと突き付けられた。



 あれからどうやって家に帰ったのか覚えていない。一言だけ「帰る!」と彩子に宣言した気はするが、その後の記憶はまったくない。気が付いた時には半裸の七海を車に乗せ、高速を120キロのスピードで飛ばしながら走っていた。
 あの日から約三ヶ月が経過した。藤井は仕事を辞め、つまらない日々を送っている。気が付いた時には昼夜が逆転して、毎日夕方に起きてわけもなくネットをさまよい、朝方に寝る生活に変わった。
 その日もいつも通りネットをさまよっていると、駐車場から車の音がした。その後、わざと吹かすようにニ、三度、エンジン音が鳴り響いた。時計の針は午後九時を回っている。こんな時間にこんな非常識なことをするような相手は一人しか思い浮かばなかった。
 イヤな予感がした。と同時にスマホが鳴った。相手はやはり七海だった。

『少しだけ話したいことがあります。車に来てください』

 短めの文章にキツい印象を覚えた。拒否権などないような、絶対に逆らえない命令文に見えた。
 藤井は部屋を出た。だいぶ涼しくなった気温が妙に心地よかったが、心の中は枯渇した砂漠のようにカラカラで、頭の中は何も働いていなかった。自分の意思で身体を動かしているのに、まったくの他人が捜査しているような感覚に陥っていた。そんなくだらないことを考えているうちに駐車場へたどり着くと、フラッシュのような明るい光が一瞬だけ眩しく光った。
 車に向かって歩いていく。逃げられないと悟ったのか、そもそも逃げるつもりはないのか、彼女の顔からはいつもみたいな小悪魔じみた笑顔はなかった。助手席の横までいきドアを開けた。ロックはかかっていなかった。
 助手席に座るもしばらく会話がなかった。七海は膝上に置いた一眼カメラを大事そうに抱えて俯いているだけで、口を横一文字に結んだままだ。自分から誘っておきながら話の一つもしない七海に業を煮やした藤井は、適当に口を開いた。

「そのカメラまだ使ってたのか。もう古いだろ。買い替えろよ」
「先輩から貰った私の宝物ですから、そんなことしませんよ」

 短い会話が終わってしまった。話を続けても良かったが、すでにタイミングを失った今となっては口を開くことすらいけないことに感じてしまう。もはやこの会話をいたずらに続けることは罪と同等のことに思えた。
 またしばらくの無言が続き、今度は七海が口を開いた。

「そういえば、相馬先生死にましたね」

 まるで明日の天気は雨ですねといわんばかりの何気ない会話のように七海がいった。

「たぶん、明日か明後日ぐらいには朝のニュースで流れるんじゃないですか」
「どうしてお前が知ってる?」
「さあ、どうしてでしょうね。もしかしたら先輩が知らないような関係が私と相馬先生の間にあったのかもしれませんね。まあ、仮にあったとしてももう確かめようはありませんけど」
「用件はそれだけか?」
「何いってるんですか。こんなのただの世間話ですよ。そう焦らないでください」
「さっさといえよ。俺も忙しいんだ」
「家から出ないで仕事もしないで、私をレイプした報酬で貰った莫大なお金でニート生活を送っている先輩のどこが忙しいんですか?」

 傷口に塩を塗るような言葉が胸に突き刺さる。そのくせに何も悟られないよう大きなため息をついて、何も知らない、といった雰囲気を出してしまった。七海には完全にバレているとわかっていても、変に取り繕うのを辞めることはできなかった。

「もう全部バレてますよ。変に取り繕うのやめてください。すごくカッコ悪いんで」
「ならお前もさっさと用件を話せよ。変に話しを長引かせんな」

 そういうと、七海が大きくため息をつき病院の名前が入った小さい封筒を渋々渡してきた。藤井は黙ってそれを受け取った。中には折りたたまれたA4用紙が一枚だけ入っている。どうやら病院の検査結果らしい。
 書類を封筒から出して内容を確認する。自分のことではないのに、なぜか自分の結果を見た時以上に緊張してしまった。
 結果を見た藤井は書類を封筒にしまわず、そのまま七海にほうり投げるように突き返した。その書類を七海も封筒に入れ直すことはせず、力任せにビリビリに破いて捨てた。



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