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旅する石

友人にご両親の代からの小さな宝石店を継いだフリーランスのジュエリーデザイナーがいるのだが,彼女は客を選ぶことで有名である。
客から購入の希望やデザインの依頼があっても,石との相性を見て,合わない場合は断るのだそうだ。


私自身はジュエリーに関係する依頼を彼女にしたことがなかったのだが,昔からの知り合いであることもあり,約半年に一度お茶をのんだり近況を報告したり,という関係である。

久しぶりに彼女から連絡をもらい,食事に出た時のことである。
その当時の私は,なんだかついていないなあ,という出来事が重なっていて,いろいろなことに疲弊していたのだが,お祓いにでもいくべきだろうか,とふとつぶやいた私に
「そういうことなら,ぜひSpoonに紹介したい石がある」と言い,その場でカバンからいくつかのルースの宝石を出して見せてくれた。

はじめての商談のような雰囲気をいぶかしむ私を気にもせず
「石がね…連れて行けって言っていたんだよね,今日」
と彼女はニコニコしている。

いくつかおすすめの宝石をみせてもらったのだが,いまいちピンとくるものがなかったため購入はせず,きれいなものを見せてもらったことの礼だけ述べた。
彼女もあっさりと石をしまい,また普通に雑談に戻ろうとしたところ
はっと気が付いたように
「ごめん,最後にこれだけは見てほしい」
と先ほどとはまた別の石を出してきた。

それはクリソベリルのキャッツアイだった。
淡いオリーブグリーンに金色をまぜたような色合いをしている。

「さわってみて」と言われ,石を手のひらに乗せた。
楕円フォルムをしていたのだが一部が未研磨でデコボコとしている。
眺めているうちになんとなく心が惹かれ,数分後には家に連れて帰らなければ,という変な確信を持つに至った。

石をまじまじと眺める私をじっと見つめる彼女に,デザインジュエリーにしてもらう場合の値段を聞き,納期を確認した。
安くはない買い物であったが,迷うことなく購入を決めた。

契約後,彼女はとても感慨深そうに
「この子,母の代からうちにいたんだけど,なかなか難しくて…。ずっとピンとくる持ち主が現れなかったんだよね」
と石を眺めていた。
後日デザインと使う素材などを改めて打ち合わせ,2カ月ほど後,彼女からの取り扱い説明とともにペンダントヘッドに加工されたその石が手元にやってきた。

普通に石をどうケアすべきかなどを聞き,ケア用のクロスなどを受け取ったのだが,最後に彼女は
「旅行に行くときは必ず身につけてほしい」
と不思議な事を言ってきた。

安くはない買い物であったし,海外にも旅行にもいくので,治安の心配もある。場所をみてつけていくね,と彼女に答えたところ,身にはつけなくても良いので,かならず携行するようにふたたび念を押された。
「この子は大丈夫だから」
となぜか彼女は断言していた。


せっかく入手した石をなくす心配が先に立ち,管理を徹底しつつ旅行時に身に着けていたのだが,購入から2年ほどたったある日,旅行先でそのペンダントを入れていたジュエリーケースをまるごと紛失してしまった。
いつのまにかカバンからなくなっていたため,どこで落としたのか,またはすられたのか皆目見当がつかなかった。
必死になって探したが,結局ジュエリーケースは出てこなかった。

ジュエリーケースにはペンダントヘッドのほか,高いものではないけれどお気に入りのピアスが何点か入っていた。
なんとなく沈んだ気持ちで残りの旅行日程をこなし,自宅に戻った。
スーツケースから洗濯物を出したり,旅行の後片づけを粛々と進める。アメニティセットを取り出し,シャンプーなどを片付けたところ,底のほうに光るものがあった。

無くしたと思っていたペンダントヘッドであった。

最後に使用した後にいつものようにジュエリーケースに入れたはず…?
不思議には思ったが,なくしたと思った石が手元に戻ったのは素直にうれしかった。


その後もこの石は手元にあるのだが,なぜか時折行方不明になるようになった。
しまったはずの場所を探しても見当たらない。
そのたびになくしたのではないかと冷や汗をかくのだが,その後しまった覚えのないところからひょっこりと出てくる。
なぜか旅行前には必ず手元に戻っているのだ。

正直なところ,私の管理が悪いだけなような気もするし,こどもがいじって違うところにしまっているのかもしれない。
でもなんとなく,そうではないような気がするのだ。



後日このジュエリーを手掛けてくれた友人と再びお茶を飲んでいた時
この話を彼女に報告した。

馬鹿なことを言ってるな,と思われるかもしれないんだけど,なんとなく,なんとなくね,石が気ままに散歩に出ているのではないかという気がする
と告げたのだが,友人は
「そういうことってね,あなたが思っている以上によくあるものなんだよ」とニヤリと笑い,すました顔でぱくりとケーキをほおばった。



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