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【現地ルポ】映画『パラサイト』が描く韓国格差社会のリアル (ロケ地マップ付き)

アジア映画として初のアカデミー賞作品賞を受賞した、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』。その中で描かれている、韓国の格差社会の現状。日本では知られざるその実態をこの目で確かめるために、2月3日、韓国へ渡航しました。そこで目の当たりにしたのは、映画の世界のままの暮らしと、もはや映画以上の実態でした。

(※この様子はリーマントラベラー公式YouTubeチャンネルにて動画でもまとめています)

旅をするだけでは気がつかなかった、韓国の超格差社会

韓国の超格差社会の現状と、超富裕層と貧困層、それぞれの現実を描いたエンターテイメント作品『パラサイト 半地下の家族』(以下、パラサイト)。アカデミー賞のみならず、カンヌ国際映画祭でも最高賞・パルムドールを受賞、韓国では観客動員が1000万人を突破し、日本でも大きな話題を呼びました。

僕もこの映画を拝見しましたが、終わった瞬間にすぐに席から立ち上がれないくらいの2つの衝撃を受けました。一つは、エンタメ作品としての面白さ。もう一つは、僕の全く知らない韓国が描かれていたことです。

これまでに僕は、7回も韓国に渡航しています。しかしながら、明洞(ミョンドン)や江南(カンナム)など賑やかな繁華街を旅するだけでは、映画のような格差社会を目にすることはありませんでした。本当にこのような世界があるのか、正直信じられませんでした。それゆえに、いても立ってもいられなくなり、映画を見た翌日、航空券を手配して、翌々日、韓国へ渡航し、超富裕層、そして貧困層が実際に暮らしている街など、映画の舞台を巡ってきました。

▼いても立ってもいられず服を着替えて、韓国へ緊急渡航。(2月のことです)

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映画を語る上で外せない、上と下の境界線 ”階段”

韓国に到着し、まず向かったのは、付岩洞(プアムドン)。ソウルの中心地にある朝鮮王朝の王宮・景福宮(キョンボックン)の北にあります。最寄り駅の景福宮から徒歩30分以上かかる場所のため、タクシーで移動しました。

途中、やたらと警察の警備の数が多いエリアに入ります。運転手に聞いたところ、韓国大統領の官邸である青瓦台(チョンワデ)のよう。この付近だけは、多くの警察と大量の国旗が掲げられていました。

📍青瓦台 Google Map

▼青瓦台につながる入口のセキュリティは、この旅で見た場所の中で一番強固でした。

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付岩洞に到着。ここは青瓦台と近いことから、軍事保護区域並びに開発制限区域となっており、高い建物がなく、こじんまりした街。おしゃれなカフェやショップがあったり、山の手は閑静な住宅街が広がったりしています。車で山を登って行くと、上に行くにつれて、富裕層が住んでいるであろう、立派な塀に囲まれた高級住宅が並びます。

そして、ここの見所は「紫霞門(ジャハムン)トンネル」。高級住宅街が並ぶ坂を降りたところにあるのですが、ここは『パラサイト』の中で、貧困層であるキム一家が雨の中階段を駆け下り、トンネルに逃げ込むシーンで使われた場所。映画と同じく、高級住宅から坂を降りたところにあり、映画で見た記憶が一瞬でフラッシュバックする場所です。

📍紫霞門トンネル Google Map
📍下記写真の撮影場所 Google Map (階段を降りた先)

▼映画で実際に使われた階段。降りた先にはトンネルが。

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由緒正しき家系しか住めない超富裕層の街

続いて向かったのは、超富裕層が住む街、城北洞(ソンブクドン)。ここも山の上に高級住宅街があり、上に行けば行くほど超高級住宅が立ち並んでいます。『パラサイト』の中で出てくる富裕層の家ないしはそれ以上の豪華な家ばかりです。国旗が掲げられている、各国の大使館や大使のお宅もかなりありました。この街の中に、映画の中でキム一家の息子が富裕層であるパク一家の家に向かうシーンで使われた場所もあります。トルコの国旗が飾られた家に面した道路です。

📍城北洞にある下記写真の撮影場所 Google Map

▼映画で使われたポスターと同じ場所で、ほぼ同じポーズを決める筆者。

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もうそこは完全に映画で描かれている超富裕層の世界。実際に城北洞を歩いてみると、坂がかなり急で、歩くことは困難を極めます。すれ違うのも、高級車か出前を運ぶバイクのみで、徒歩で生活することは不可能です。また、地元の人に聞いたところ、この町に住むことは、一世代で成り上がった人ではダメらしく、由緒正しきお家柄の人たちが昔から住む土地となっているようです。日本で言う、田園調布のような街でしょうか。一代で財を成した”新富裕層”は、江南などの高層マンションなどに住むことが多いそう。

ちなみに、韓国の富裕層の割合でいうと、「Global wealth report 2019」(2019年10月、クレディ・スイス・リサーチ・インスティテュート)によると、韓国で100万ドル以上の資産を持つ超富裕層は74.1万人。これは韓国の人口の上位1.4%にあたります。(なお、同調査で日本は、100万ドル以上の資産を持つ超富裕層は302.5万人で、人口の上位2.4%にあたります)

▼近くの丘から眺めた城北洞。豪邸ばかりでした。

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しかしながら、超富裕層が住む街、城北洞を歩いてみると、突如として、映画とは異なる街の作りを目の当たりにします。

映画では描かれなかった、高台にある貧困街

城北洞の級住宅が立ち並ぶ坂を少し降ったところにある一本の道。ここまでこれば、バス停なども見えてきます。その道を挟んで、反対側にまた丘が出てくるのですが、そちらは先ほどまで見ていた高級住宅街とは打って変わって、かなり質素な作りの家ばかり。中には人が住まないまま放置された家もあり、明らかに貧困層が住むエリアとなっています。

▼人がギリギリすれ違える幅の狭い道に、今にも壊れてしまいそうな家が密集しています。

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先ほど訪れた城北洞の中にあるこの地域は「タルトンネ」と呼ばれる、貧困層が住むエリア。「タル」とは韓国語で月、「トンネ」は街を意味し、月がよく見えるほど高い場所にあることからそう名づけられた地域で、かつて困窮して街中に住むところがなかった人たちが、急斜面や山の上の土地を不法に占拠して作られた場所です。

映画の中では、山の上などの”高い地域”に超富裕層が住み、対照的に貧困層は「半地下」や「地下」といった”低い地域”に住むことが描かれていますが、実際の韓国では、”低い地域”のみならず、”高い地域”にも貧困層の暮らしが広がっていたのです。その不便さゆえに、その不便ささえ我慢すれば、誰にも邪魔されることなく貧困層でも暮らすことができる場所が”高い地域”にもありました。一本の道を挟んで両側に広がる、超富裕層街と貧困層街。見晴らしがいいタルトンネの上部からは、”向こう側”の暮らしがよく見え、そこでも韓国の格差社会を感じることとなりました。

📍タルトンネ・北山(プッチョン)マウル Google Map

再開発が進む「半地下」

そして次に向かうは、いよいよ「半地下」がある街、阿峴洞(アヒョンドン)。

貧困層が住む象徴として描かれている「半地下」。半地下とは、地面より低いが、文字通り、半分は地表に出ている部屋のことで、1970年代以降、ソウルの人口増加に伴い、賃貸の物件として爆発的に増加しました。しかしながら、雨水が流れ込み、日当たりもよくないため、衛生的にもかなり劣悪な環境で、近年は再開発によって取り壊しが進み、減少傾向にあるようです。

阿峴洞に着くと、半地下より先に目に止まったのは、映画の中で「ウリスーパー」として登場する、看板が特徴的なスーパー・デジスーパー。キム一家の息子が家庭教師を依頼されるシーンの撮影で使われた場所です。このスーパーの女将である、キム・キョンスンさんに話を聞くことができました。

▼映画で壮大な物語の始まりを告げたスーパー。

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「映画公開後、世界中から多くの人がこのスーパーを訪れるようになりました。中には、映画のシーンを再現するために、わざわざアメリカからパラソルを持参して、同じ場所でお酒を飲んでいた強者も。撮影時も、撮影を聞きつけた町中の人が観覧に訪れ、すごい人だかりでしたね」

とキムさん。映画のおかげでたくさんの人が訪れるようになったことを喜ばれていました。また、街の「半地下」について尋ねたところ、再開発によって、どんどん半地下自体が減ってきており、昔ほどは住む人も少なくなっているとのことで、映画の世界はリアルであるものの、あれが全てというわけでもないことがわかりました。

📍デジスーパー Google Map

▼元気で笑顔が絶えない、キムさん。

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そのスーパーの目の前にはバス停があり、比較的広い道が通っているため、キムさんに別れを告げると、少し住宅街の中を歩いて、半地下を探すことにしました。

車一台が通れるくらいの道を歩きます。

確かにキムさんの言う通り、すぐには、半地下は見つかりません。しかし、歩いて5分もしないうちに、ついに本物を僕は目にしました。そこには、地面に半分埋まってしまっている、映画でも見た半地下の住居。場所によっては、完全に埋まってしまっている、地下の住居もあります。

▼半地下の住居。入り口の手前には、下に降りるための階段がある。

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人が住んでいる様子がある半地下もあれば、空き家らしき半地下もあります。見た感じだと、空き家の方が多い気がしました。

しかしながらこの高さだと、映画でもあった通り、雨が降ったら確実に雨水が家の中まで入り込みますし、太陽の光も全然入り込まない場所も数多くあります。治安も悪いのか、窓からの侵入を防ぐために、窓が鉄格子で覆われた住宅も見かけました。

ちなみに、これらの家の窓の高さであれば、映画の中であった通り、立ちションが行われた場合、確実に家の中から見えてしまうでしょう。幸いにも近くに居酒屋などは見当たらなかったので、泥酔した人が通りかからないことを祈ります。

📍阿峴洞で半地下を多く見かけたエリア Google Map

かつて半地下は、ポピュラーな住居だった

そんな中阿峴洞で、僕は運良く、半地下生活をしたことがある韓国人男性(42歳)に話を聞くことができました。男性は、35年前にはなりますが、3年半ほど半地下生活をしていたそうです。

「当時、家族で住んでいた半地下住居は、一戸建て住居の半地下で賃貸住居です。映画の中では、半地下のトイレは部屋の高い位置に描かれていましたが、私が住んでいた半地下は、部屋にトイレがなく、共同トイレでした。そういう家も多く見られました。映画のように、大雨の日は雨が流れ込んできて、大変なこともありましたね。しかしながら、まだ当時は、半地下に住むことはポピュラーなことで、友人も半地下住んでいる人が多くいました。今ではさすがに知り合いで半地下に住んでいる人はいませんが」

▼こちらの半地下の部屋だとほとんど日差しも入らないと思われます。

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また、その男性曰く、半地下は家賃も安いため、学生の一人暮らしの住まいとしても、近年まで使われていたと言います。確かに僕の知人で、学生時代に韓国に留学したことがある人も、留学した当初は家賃が安かったので、半地下に住んでいたと言っていました。さらに男性は続けます。

「今、韓国では高層マンションが人気です。かつて半地下にしか住めなかった人たちでも、近年、所得が上がり、高層マンションを買えるようになりました。特に、半地下に住んでいた人たちから高層マンションの人気がある理由の一つとしては、半地下にしか住めなかった過去の体験の反動から”高い場所”に住みたいと思うからではないでしょうか」

映画の世界を味わう旅

最後に訪れたのは、デジタルメディアシティ駅にある韓国映画博物館。韓国映画の歴史がわかる入場無料のこの施設では、現在、「パラサイト」にまつわる展示がされています。

大きなパネルとともに、映画で使われた衣装や、キーアイテムとなる石、そして象徴的なシーンとして描かれるトイレを見ることができます。映画を見た方は、テンションが上がること間違いなしです。

📍韓国映画博物館 Google Map

▼あのとき、あの場所で着ていた衣装が!

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また、映画の中でパク一家の妻が美味しそうに食べる”ジャージャー麺”は、「チャパグリ」という簡単料理。インスタントのジャージャー麺「チャパゲティ」とインスタントのピリ辛ラーメン「ノグリ」を混ぜて作ったもので、昔から若者の間で支持されていましたが、2013年にBIGBANGのG-DRAGONが自身の大好物としてTVで紹介したことでブームが到来し、国民的夜食になりました。スーパーなどで買えますので、パラサイト好きな方へのお土産にピッタリです。

映画『パラサイト 半地下の家族』にまつわる場所を巡ってみたら、今まで観光で訪れるだけでは気がつくことのなかった”本当の韓国”を知ることになりました。もちろん映画もフィクションであり、僕が見たこともそれが韓国の全てではありません。

しかし、少なくとも、一つのリアル。

実際に見たからこそ、感じられたことがたくさんありましたし、今まで以上に韓国に興味を持つきっかけとなる旅となりました。

※2020年4月19日現在、新型コロナウイルスの影響で、政府は全都道府県に緊急事態宣言、外務省は不要不急の海外渡航自粛要請を発出しています。この記事を読んで「韓国に行きたい!」と思った方は、今は我慢していただき、その代わりにリーマントラベラー公式YouTubeチャンネルにて旅気分を味わっていただけますと幸いです!

YouTube①:アカデミー賞受賞作が描いた格差社会のリアルを見てきた

YouTube②:①の続き ロケ地を巡る旅したら現地はすごかった

こんにちは、リーマントラベラーの東松です。サポートいただいたお気持ちは、次の旅行の費用にさせていただきます。現地での新しい発見を、また皆様にお届けできればなぁと思っております!