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<ロダンの庭で> 虚飾のカサノバ

卵が先か、鶏が先か。

人がイメージを作るのか、イメージが人を作るのか。セルフイメージ* というのはどこからくるのだろう。

自分から見た自分と他人から見た自分のイメージが違うとき、なりたい自分と今の自分が違うとき、その狭間で苦しんだことはないだろうか。

あるいは、良くも悪くも周囲から、
「そんな人だとは思わなかった」
と言われたとき、本当はどんなふうに思われたいと思っていたのか、と自問しない人はいるのだろうか。


私は有名人にはほとんど興味がない。
とはいえ、好きな芸能人は誰かと聞かれることがあると、たまにこう答えている。


「京本政樹」(以下すべて敬称略)


すると、親しい友人を含めほとんど全員が秒でのけぞる。そして、次に来る質問は決まっている。

「なんで?」

私はいつも答えに窮する。すると、
「やっぱり、必殺* ?」
と、助け舟が出される。

そんな気もするが、違うような気もする。
たしかに、組紐屋の竜* はかっこよかった。
私が首を傾げていると、

「じゃあ、里見八犬伝?」

と、もう一艘助け船を出してくれる。
そうかもしれない。
しかし、私が犬塚信乃に惚れたのは、むしろ白井喬二訳の『南総里見八犬伝』だった。


そこで、ついに私は白状する。

「実は、京本政樹のLP持ってるんだよね」
と。

すると、それを聞いた全員が驚くのだ。
「え? 京本政樹って歌うの?」


私が人生で二番目に買ったレコードは、オフコースの『緑の日々』だった。ジャケットから取り出したレコード盤が緑色だったので、これは小学生向けの雑誌の付録によくあるソノシートではないのかと驚いたのを今でも覚えている。

同じ時期に安全地帯の『ワインレッドの心』* や井上陽水の『リバーサイドホテル』* も愛聴していたから、なかなか渋好みの子供だったようである。

そして、これに続いたのが、京本政樹の『虚飾にせもののカサノバ』だった。

80年代の音楽シーン* を代表するミュージシャンとして京本政樹が挙げられることは多分、ない。

しかし、このアルバムに収録された曲は、全て本人による作詞作曲なのだ。


では、彼の音楽のどこが良かったのか。
よくわからないので聴いてみる。



この曲はイントロが好きだった。
…と思っているうちに曲が終わった。


そもそも歌詞が覚えられず、メロディと同化させてしまう私が、歌詞の意味を考えながら曲を聴くことはまずないのだが、少なくとも歌唱力に惚れたわけではなさそうなので、今度はもう少し歌詞に集中して聴いてみようと思う。



普通だった…。

なんとなく気恥ずかしい気がしないでもないが、聴きながら口ずさんでいる自分がいることに驚いた。歌詞なんて覚えていなかったはずなのに。
これではまるで、音楽が始まるとひとりでに体が動き出すラジオ体操である。


結局、ミュージシャンとしての彼の立ち位置はよくわからなかった。

しかし、「ジゴロ」のイメージを打ち出したこのアルバムは、むしろ自分に纏わるイメージを逆手にとって演じた“虚飾にせもの”なのだそうである。

それでは、本物の京本政樹とはどういう人物なのだろう。


そこで、彼のオフィシャルサイトを覗いてみると、


最近、続々と発掘されている当時の自分の貴重な音源などを聞いていると・・
何故にこんなに?というぐらい(汗)
コンサートや、ディナーショー又はライブのみと言った未発表曲。。。
つまり、後にレコーディングはおろか(汗)レコード化、CD化も一切されていない楽曲が多いっ。←それっきり歌っていないっ(爆)
いや、本当に異常に多い。(爆)←しかも、本人のボクさえ忘れてたっ
(中略)
俳優、時代劇としてのボクしかご存知なく・・
まさか(驚)俳優である京本政樹が・・
シンガーソングライターだったのっ?!

<「羅刹那* 」より>


あのビジュアルから、この文章…。
どこまでも予測不可能な人物である。

自ら強烈に演出しているはずの二枚目のページをあっさりと破り、三枚目の表情がひょいと顔を出す。シンガーソングライターとしての、あるいは俳優としての、あの二枚目ぶりとは対極にあるコミカルな語り。まるでイメージが定まらない。


そもそも二枚目、三枚目という言葉は歌舞伎の芝居小屋に掲げられた看板に由来するとかで、全部で八枚あるらしい。そのうち一枚目が一枚看板を指す主役、二枚目の役者は色事や濡場などを担当する色男、そして三枚目は滑稽な役回りをする道化、という順で並べられたそうである。


おそらく私は、京本政樹という人物が持つこういうところが好きなのかもしれない。さまざまなイメージを纏いながら、そのイメージに潰されることがない。

これを万華鏡というべきか、南京玉すだれというべきかわからないが、自在に自分のイメージを変化へんげさせる、おおらかでしなやかところに、魂の解放すら感じさせられる。


自分とは何者なのか。

ときに私たちは自分のイメージを失うことを恐れ、周囲のイメージと乖離することを恐れる。
そして同時に、セルフイメージという亡霊に囚われることを私たちは恐れる。

どれも皆、自分の影であることを忘れて…




*セルフイメージ:Mizutani Katsunoriさんのペルソナについての記事。


*必殺/組紐屋の竜:『必殺仕事人』で繋がったみゆさんの記事。


*『ワインレッドの心』:この歌唱力と「ワインレッドの心」という詩的なタイトルに子供心がシビレた。


*『リバーサイドホテル』:怪しい歌声に子供心が掴まれた。歌詞は理解できておりませんでした。念のため…


*80年代の音楽シーン:毎回独特の切り口で80年代のポップカルチャーを切り取るクリエイターのSmall Worldさん。


*羅刹那:公式サイトにこのネーミング…





<ロダンの庭で>シリーズ(6)

※このシリーズの過去記事はこちら↓


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