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#13 フェアバンクス

空との境界線を失った白い雪原。
凍りついた川とともに流れを止めた流木。
灼熱の砂漠の砂のように、極寒の吹雪が生き物の屍を風化させる。

そんな過酷な環境でも生命の鼓動がある。
勝者と敗者を隔てる白い死線が、生きるものと死すものを分ける。

静かに氷結した世界のなかに、生へとつながる蜘蛛の糸を求めて地獄から這いあがろうとする生き物たちのざわめきが聞こえる、それが私の抱いていたアラスカの風景だった。

いつからか、私はロードムービーが苦手だった。思い起こせば幼稚園の頃、看護婦やステュワーデスになりたいという夢を描く園児たちの中で、とくになりたいものなどなかった私は、一人取り残されていた。目の前には「わたしのゆめ」と書かれたカードがある。頭の中が真っ白だ。未来に向かう希望の光よりも、ぽっかり開いた空洞に吸い込まれるような気がして、すっかり足がすくんでしまった。私は、この先いったい何処へ行けばよいのだろう。

自分の行く先に対する漠然とした不安は、以来ずっと私についてまわった。目的が見えないとき、いつも私は途方に暮れる。人生にもナビがあればいいのに。私のGPSはいつも壊れている。

だから、どこまでも続くアラスカの白い大地で、私はきっと路頭に迷うだろう。寒さをしのぐ術さえ見つけられないかもしれない。私は間違いなく、敗者になる。

しかし、そんな私とは対照的に、標識も方向指示器もない、不確かな時間が流れる極北の自然に限りなく魅せられた一人の写真家がいた。星野道夫さんである。

26歳の時単身でアラスカへ渡り、その後の18年間をこの地で過ごした。

星野さんがレンズの先に見たアラスカとは、どのような風景だったのだろう。


フェアバンクスを拠点に旅を続けてきた星野さんは、結婚してアラスカに住むことを決意する。新しい生活が始まり、荷物を整理しようとして1978年の日記帳を見つけた。星野さんの旅の原点ともいえるその記憶は、1993年以降の旅とともに訥々と語られていく。過ぎ去った情景を懐古するというより、今まさに星野さんと一緒に旅をしているようなやわらかい、臨場感に溢れたタッチでアラスカの風景が描かれている。


初夏を迎えるアラスカ。
家の周りに冬の間ムースが落とした糞を見つけ、あんなに大きな生き物が自分の知らぬ間に家のそばを通り過ぎていったことに星野さんは驚く。
アカリスの声や甘い風の感触が、季節が変わったことを教えてくれる。

ザトウクジラを追うこと3週間。バラノフ島の東、深い原生林と入り組んだフィヨルドの奥にある<赤い絶壁の入り江>に錨を下ろす。包み込まれるような静けさの中で、ふいにハクトウワシが森の中から飛び立つ。入り口の奥の草原には1本の草の道。それは産卵のために川を遡るサケを獲りにくるクマの道であった。静寂の中に生き物の気配が潜んでいる。クマが腹ごしらえを終える頃には、短い秋はもう立ち去っているだろう。

そのアラスカの秋を星野さんはこう綴っている。

アスペンやシラカバの葉が黄に色づき、ツンドラの絨毯がワイン色に染まると、短いアラスカの秋が始まります。新緑のピークがたった1日のように、紅葉のピークもわずか1日です。原野の秋色は日ごとに深みを増し、さまざまな植物が織りなすツンドラのモザイクはえも言われぬ美しさです。快晴の日が続き、ある冷え込んだ夜の翌日、あたりの風景が少し変わっていることに気づくでしょう。一夜のうちに、秋色がずっと進んでしまったのです。北風が絵筆のように通り過ぎていったのです。

星野さんの文章は、写真のようにアラスカの風景を一瞬で切り取っていく。自然の音だけが聞こえるドキュメンタリー映画のようである。

アラスカの冬空には満天の星が輝き、オーロラがひるがえっている。幾筋もの流れ星が降り注ぎ、地上の彼方へ消えていく。厳寒のベースキャンプで繰り広げられる天体ショー。

マッキンレー山の南面から流れる氷河の一つ、ルース氷河の源流がある一帯は、ルース・アンフィシアターという名が示すとおり、古代の円形劇場のような形をしている。

「私たちには、時間という壁が消えて奇跡が現れる神聖な場所が必要だ。(中略)人は聖地を創り出すことによって、動植物を神話化することによって、その土地を自分のものにする。つまり、自分の住んでいる土地を霊的な意味の深い場所に変えるのだ。」

この場所へ来ると、神話学者ジョゼフ・キャンベルのこの言葉を思い出すのだという。自分以外には生き物の存在を見つけるのが難しい氷河で、キャンベル氏の言葉は天からの啓示のように響く。

ベースキャンプの岩山から氷河へ、一気に滑り降りていく。静まり返った世界でスキーの音だけが星野さんの道筋を教えている。


マイナス50度の殴られるような寒さは、アラスカの冬の厳しさを物語る。

しかし、そんな寒さも少しずつ伸びてゆく太陽の日射しに暖められ、春の足音が聞こえはじめたある日、窓ガラスに何か当たる音がした。ベランダへ出てみると、そこにはベニヒワがうずくまっている。頭から血を流して動かないベニヒワを星野さんは家の中へ連れて帰ると、小さな紙箱に入れた。しばらく様子を見たあとベランダへ放した。
夕方、もうそこにはベニヒワの姿はなかった。

この話は小学生だった頃の私の記憶を呼び起こした。そのとき窓ガラスに衝突したのは、ベニヒワではなく雀だった。コツンと音がしたので驚いて窓際へ駆け寄ると、地面に落ちた雀が目を閉じたまま荒い息をしていた。脳震盪を起こしているようだった。私は手のひらで包むようにして家の中へ運び込み、やわらかいティッシュペーパーを折りたたんで枕にすると、その上に雀の頭を乗せた。果たして小さな命は助かるだろうか。

しばらくして様子を見に行くと、雀が起き上がって目を丸くしていた。完全に回復したのかどうかはわからなかったが、部屋の中を飛び回って再び窓ガラスにぶつかってはいけないと思い、そっと捕まえて庭へ放してやった。雀はしばらくボンヤリしていたが、やがて羽ばたいてどこかへ飛んでいった。その様子を見ていた母が、
「あの雀、恩返しするかな」
と言った。

母は時々、こんな子どもじみたことを言う。


長い冬が終わると新緑の季節が訪れ、再びアラスカの短い夏が終わる。動物たちは冬支度をはじめ、太古から繰り返されてきた自然のサイクルはこうしてまた1年、時を刻んでいく。

ザトウクジラの親仔との出会い、仔カリブーの死、子どもの誕生とブッシュ・パイロットの死、アラスカや旅先で出会った人々との交流。凍てつき、寂寞としただけの荒野だと思っていたアラスカの自然には、想像していたよりもはるかに多くの生と死の物語があった。

星野さんの静かな筆致は、アラスカから届いた絵はがきのようである。命あるすべての生き物の生と死が、風や波や木々の音とともに自然体で綴られている。そこからは、自然の厳しさだけではなく優しさも伝わってくる。私は心の中にアラスカの大地が広がるのを感じた。

「今年の夏が来ると、星野道夫が死んで3年の歳月が過ぎたことになる」

巻末の解説が不意に私の余韻を断ち切った。

思い出した。
1996年、カムチャッカ半島でヒグマに襲われて写真家が亡くなったというニュースを聞いたことがあった。

あのときの写真家は、星野さんだったのだ。
なんとなく手に取って読んだ『旅をする木』という本が、急に星野さんの命の分だけ重くなったような気がした。

私が旅に出るのは、日常のやるせないループから逃げ出すためだ。旅というよりも旅行という名の小さな逃避行にすぎない。それに引きかえ、星野さんは人生そのものを旅にしてしまった。

カリブーや渡り鳥の群れが季節の移ろいとともに旅をするように、星野さんも生涯旅をすることを止めなかった。その星野さんの旅を止めたのは、一頭のヒグマだった。星野さんは自然のサイクルの中に生き、自然のサイクルの中で生を閉じた。

地球は丸い。
行き先が見えなくても、前に歩き続ければきっとどこかに辿り着くだろう。もし、一周してもとの場所に戻ってきても、以前とは違う風景が見えていたらいいと思う。

私は少しだけ、極寒の地へ行ってみたくなった。

<一度は行きたいあの場所>シリーズ(13)


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