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【とりとめのない考察】 「がさつ」が与える印象

「がさつな人」と言われて傷ついたと言う人がいた。

それは自分にとってはかなり意外だったので、「がさつ」について考えるきっかけとなった。

わたしにとっての「がさつ」のイメージは、例えば

・折り紙で鶴を折るときに頭と尾の先っぽの部分がくちゃくちゃになっていても気にしない(または、どうしてもそうなってしまう)

・鞄の中や机の上がぐちゃぐちゃで整理整頓されていない(でも、このことを気にしない。または、どうしてもそうなってしまう)」というような感じである。

その観点から行くと、わたしは100パーセント「がさつな人間」だ。

「がさつ」の対義語について考えたことがなかったのだが、「几帳面」なのではないかと思う。

こんなリンクも見つけた。

「几帳面な人×がさつでズボラな人」それぞれの心理とはhttps://allabout.co.jp/gm/gc/223621/

わたしはまさに典型的な「がさつでズボラな人間」だと思う。

「ズボラ」は話がそれてしまうので置いておくとして、「がさつ」に関しては、これまで全く悪いイメージがなかった。

しかし、「がさつな人」と言われて傷ついたという人がきっかけでいろいろ調べてみると、「がさつ」は悪いイメージだらけ(?)の表現だったことに気づかされた。「品がない人」など、性格や人格にまで言及されてしまうとは思ってもみなかった。自分にとっては衝撃的だった。

辞書を見るとhttps://kotobank.jp/word/%E3%81%8C%E3%81%95%E3%81%A4-461680#

・言葉や動作が下品で荒っぽい
・細かいところまで気が回らず、言葉や動作が荒っぽくて落ち着きのないさま。
と書いてある。
使うときに気をつけようと思った。

方言でのこんな言い方も見つけた。

山梨県の方言
http://kosyuben.web.fc2.com/sakakeko.html

下品→がさつ
(例)がさつにあいっちょ(下品に歩くな)

愛知県岩倉市の方言
https://www.city.iwakura.aichi.jp/0000002729.html

粗雑→がさつ
(例)がさつな仕事


「がさつ」について書いてある記事をいくつか読んでみたが、ざっと読んだ限りでは良いことは何ひとつ書いていなかった。

これはその方に教えていただいたリンク。

がさつな人の特徴
https://seikatsu-hyakka.com/archives/19409

しかし、このリンクも含め、わたしが読んだ記事で定義されていた「がさつ」は、わたしのイメージの中にはない「がさつ」もたくさんあった。


これは数日前にインスタグラムに投稿した写真だ。

最後の写真をご覧いただくと、「がさつな包み方」であることは一目瞭然だろう。

この「がさつな包み」の中にあるのは、とっくのとうに日本に到着していなければならなかった重要書類とちょっとした品々である。本当は12月のうちに発送しておかないといけなかったのだが、やんごとなき諸事情によりズルズル後回しにしてしまっているうちに気づけば2か月近く経ってしまっていた。それがコメント欄に書いた「実は最高に焦ってる😱」理由である。
はっきり言ってしまえば、猫の写真を撮っている場合ではない。

これはわたしにとっては「がさつ」ではなく、他のさまざまな表現で言い表すことができるのだが、「がさつ」について書かれた記事によると「がさつ」に分類されるらしい。

ただ、「がさつ」であろうがなかろうが、このような行為は、特に日本では人様の信用を失うことだけはまちがいない。

その方とはZoomで行われた勉強会か何かのブレイクアウトルームで1回か2回お話させていただく機会があったが、リンクや辞書で定義されているような「がさつな人」というイメージは全くなかった。そのイメージは今も全く変わっていない。

その方に「がさつな人だ」発言された方が、その方のどの瞬間を見て「がさつ」って言ったのか、実際に見るチャンスがなかったのでわからないが、もしかしたら「大雑把」と言いたかったのかな・・・とも思った。

「がさつ」と「大雑把」の違いとは?分かりやすく解釈
https://meaning-dictionary.com/%E3%80%8C%E3%81%8C%E3%81.../

とは言っても、その方が「大雑把な人」というイメージもわたしの中に全くないのだが、この記事によると「大雑把」というのは「がさつ」に比べて好意的に受け止められるようである。

わたしにとっては「がさつ」も「大雑把」も好意的に受け止められる表現だったので、非常に意外に感じた。それは、自分が「がさつ」で「大雑把」な人間であることを自認し、悪びれる気持ちもないからだろうか。

ただ、「がさつ」にせよ、「大雑把」にせよ、その言葉を受け取る相手がどう感じるかは未知である。

「がさつ」と「大雑把」の違いについて書かれた記事では「几帳面」は好意的に受け止められているが、「几帳面」だと言われて嫌だなと感じる人もいるだろう。

なので、発言または発信する際は、言われた相手がどう思うかを考えながら言わないといけない。その一方で、好意的な気持ちで言ったのに、相手には否定的に受け止められてしまうこともよくあることだ。発言または発信した内容を相手がどう受け取るかをコントロールすることは残念ながらできない。

だから難しいのだが、この6年間かなり特殊な環境下ですさまじい体験をした結果、発言や発信は何であれ、自分の気持ちに素直に発言または発信するしかないという結論に達した。「後は野となれ山となれ」と言うと語弊があるかもしれないが、そのような心境である。

そして、グサッと傷つく一言を言われたときには、考えていてもどうにもならないので、「ホットケーキ」作戦でスルーしてしまうことを心がけるようにしている(とは言っても、なかなかできないのだが・・・)。


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