あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」中止事件について──中止原因は差別煽動であり、それは初めてではなかった問題について

一橋大マンキューソ准教授のハラスメントへの対応に追われ、まとめる時間をつくれないまま途中で終わっていた記事を公開します。

8月1日に開催された国内最大規模の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」のうちの展示の一つ「表現の不自由展・その後」が8月3日に中止されました。

前回記事はこちらです。単に「表現の自由」を持ち出して反対するだけでなく、はっきりと差別に反対する意思を示すことが極めて重要だ、ということを書きました。(つまり今回の展示中止が「慰安婦」問題などを口実にした極右の差別煽動によるものであることに反対する意思を示すことがいま求められている)

この件については、まだまだ言うべきことがたくさんあります。

今回は展示中止が差別扇動によるものであること、またそれは今回はじまったことでないことについて、記録もかねて書いておきます。

1、「表現の不自由展・その後」中止の経緯

そもそも「表現の不自由展」は、美術館・展覧会などで撤去・あるいは展示されることができなかった作品が集められ、それらの作品を、当初いかにして展示できなくなったのかという理由とともに展示するという企画であり、展示の中には、日本の植民地支配や天皇制の問題について取り上げた作品が見られます。

このことで、同展示は極右による苛烈なバッシングの標的となりました。

※以下、展示中止の基本的な経緯については、明戸隆浩氏の下記の記事を参考にしました。「あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐって起きたこと――事実関係と論点の整理」

2019年8月1日に「あいちトリエンナーレ」が開催されることになり、開催後すぐにそのうち一つの展示「表現の不自由展・その後」の中の作品「平和の少女像」が苛烈な非難にさらされることになりました。

この「平和の少女像」を非難する動きとして、特に早くからTwitter上で発信していたインフルエンサーが作家の百田尚樹氏、そして「高須クリニック」の高須克弥氏でした。


この両者は、芸術祭開催以前からインターネットの記事や他のユーザーのコメントに反応して発信しており、「少女像」の展示に対する非難を拡散する役割を率先して果たしていたと考えられます。

そして「あいちトリエンナーレ」が開催された初日の8月1日には、政治家が本格的に展示内容を問題視する動きをみせました。

大阪市長・松井一郎氏は一般人のツイートを引用リツイートした上で、(「平和の少女像」や昭和天皇の肖像を扱った作品について)「にわかに信じがたい!河村市長に確かめてみよう」と名古屋市長の河村たかし氏と連絡を取る旨Twitter上に投稿しました。

そして8月2日、松井一郎氏と連絡を取り合っていた河村たかし市長が「あいちトリエンナーレ」の企画「表現の不自由展・その後」を視察し、そのうちの「平和の少女像」について、展示の中止を求める抗議文を愛知県知事・大村秀章氏に提出したことを明らかにしました。

同じ日には菅義偉内閣官房長官が芸術祭への補助金交付について言及し、「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と展示に対して圧力をかけているととれる発言をおこなっています。

上記のような政治家の動きは大きく取り上げられましたが、実はもっと直接的な政治家による煽動も見られました。8月1日には、福岡県行橋市議会議員の小坪慎也氏が自身のブログで「少女像」に対するバッシングとともに「あいちトリエンナーレ」に対する抗議を呼びかけています。

さらに8月2日には、兵庫県神戸市会議員の上畠寛弘氏が展示の撤去や知事の辞職を求める陳情書の作成をTwitterを利用して指南していました。

こうした政治家による積極的な呼びかけがあったということは、芸術祭に対して寄せられた脅迫を含む抗議と極右政治家との結びつきを分析する上で注目に値します。

そして大量の抗議が寄せられた結果、3日に大村知事が記者会見を開き、「表現の不自由展・その後」の中止が発表され、テロ予告や脅迫ととれる電話やメールにより、安全性が危惧されたことが中止の原因であると説明されました。

さて、以上の経緯を踏まえると、「表現の不自由展・その後」が中止に至る際の、差別煽動の社会的回路がみえてきます。たとえば、

1)インターネット上から発信された「少女像」バッシング
 ↓
2)百田尚樹、高須克弥などのインフルエンサーによる拡散
 ↓
3)極右政治家によるさらなる煽動
 ↓
4)それらによって煽動された一般市民による大量の抗議

つまり、ネット上に端を発する「少女像」に対するバッシングがインフルエンサーや政治家を介してより広く普及し、最終的に一般市民による脅迫を含む大量の抗議を引き起こしたという回路が存在しているのではないでしょうか。

しかしながら、この一連の問題についての具体的な政治家同士のネットワークや、差別煽動の詳細なメカニズムについてはまだ詳細が明らかにされたとは言い難いです。

じつは公表された検証委員会の報告では、このような差別煽動について全く検証していません。検証委員会には憲法学者まで入っているのにもかかわらず、実行委と愛知県が、人種差別撤廃条約が義務付けるラインの差別煽動・極右活動を防止する準備・体制をどれほどとっていたのか、という極めて重要なポイントが全く検証されなかったのです。

この致命的な問題については改めて書くことにします。

2、極右による差別扇動の危険性


今回の展示の中止で重要なポイントは、極右による差別煽動を野放しにすることが、自由な表現を抑圧してしまうということです。

この事件について、多くの団体が声明を打ち出しています。
例えば、日本ペンクラブは、「表現の不自由展・その後」で展示された「平和の少女像」や他の作品に対して河村たかし名古屋市長が展示の中止を求め、菅義偉内閣官房長官が同展示への補助金差し止めを示唆するコメントを発していることを「政治的圧力」と批判し、「芸術の意義に無理解な言動と言わざるを得ない」と指摘しました。
https://www.asahi.com/articles/ASM835TR9M83UCVL00C.html

しかしながら、今回の問題を単純に「表現の自由」に対する政治的圧力という観点だけに着目するのでは、この事件の問題の根幹を見落としてしまいます。

ここで強調されなければならない点は、「少女像」バッシングが、歴史的に繰り返しおこなわれてきた極右による政治的圧力の延長線上に過ぎないということです。

「慰安婦」問題について取り上げる動きは、実際にこれまでに何度も政治家・極右による差別煽動によって徹底的に潰されてきました。

その中でも特に有名な事例が、2001年のNHK番組改編事件です。
この事件は、2001年1月30日にNHKの番組で、女性に対する戦時性暴力を裁く「女性国際戦犯法廷」が取り上げられたものの、放送直前で内容が改変されていたというものです。この件について、現首相の安倍晋三氏などの自民党の議員が番組の内容について指摘していたことが問題となりました。
(「中川昭・安倍氏「内容偏り」指摘 NHK「慰安婦」番組改変」朝日新聞2005年1月12日)

また、2014年に朝日新聞が吉田清治氏の証言(吉田証言)に関する記事について誤報を認め、取り消した件についても同様です。
(「政界から厳しい声相次ぐ 吉田調書巡る朝日新聞記事取り消し」朝日新聞2014年9月12日)
政治家が執拗なまでにこの事件について追求したことで、マスメディアは「慰安婦」問題について沈黙を強いられることとなり、日本の言説上では「吉田証言」の誤報があたかも「慰安婦」問題そのものがなかったことの証明であるかのように扱われてしまっています。

そうした歴史否定の動きがいかに影響力をもっているかということは、今回の中止問題に大きく関与していた大阪市長の松井一郎氏が夕刊フジに寄稿した文章からもよくわかります。

「慰安婦問題については、朝日新聞が30年以上放置した大誤報を認めて、社長が謝罪した。慰安婦像は象徴といえるもので、日本と日本人を貶めるものだ。昭和天皇に関する作品は、品格の問題だと思う。ともかく、行政が税金を投入してやるべき展示ではない。」
〔「韓国の「ホワイト国」除外は当然、譲歩はありえない 「あいちトリエンナーレ」は税金使ったイベントとして不適切」)
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/190808/pol1908080001-n1.html〕

今回の「少女像」に対するバッシングは、こうした事件の流れを汲んでいるものであり、極右による歴史否定の問題が根幹にあるのです。

これらの事件に共通して政治家による差別煽動が重要な役割を担っており、「あいちトリエンナーレ」の一件でも、河村たかし名古屋市長をはじめとする政治家が「少女像」をバッシングしたことが強力な影響力をもち、一般市民による抗議・脅迫にお墨付きを与えています。

この問題の核である社会における差別や歴史否定に歯止めをかけない限り、差別・歴史否定が脅迫に繋がる回路が維持されてしまいます。

ゆえに「表現の自由」によって対抗するのでは不十分であり、明確に反差別・反極右という対抗軸を打ち出し、差別煽動に対して歯止めをかけていかなければなりません。

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