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【ショート小説】世界一まずいオーダーメイド弁当

今日も腹が減った。もう、すぐにでも美味いものを食いたい。

仕事終わりには毎日、帰り道にある行きつけの弁当屋で弁当を買う。それが僕のルーティンワークだ。

だいたい僕は決まりきったメニューをローテーションするタイプだが、たまに気を衒った他の弁当を食べてみたくなる時がある。

ーーそんな僕の目についたのは、
   「オーダーメイド弁当」
        という文字であるーー

オーダーメイド?
僕は目を疑った、と同時に、怒りの感情。

「もともと弁当というのはご飯を作るおばさんがメニューを決めて、その用意『してくれた』という趣きがあるから弁当は面白いのだろう!ふざけるな!」

僕はおばさんに一言文句を言ってやろうと思って、厨房を覗き込んでこう言った。

「おい、おばさん!弁当っていうのは自分の好き嫌いが制限されてるからこそ美味しく感じるんだろ!オーダーメイド弁当なんて贅沢なモノ今すぐやめてくれ!サラリーマンの目の毒だ!」

そう言うと、おばさんはニヤリと笑ってこちらを向いた。そして、「あんた、商品名良く見てみなよ」

商品名?どういうことだ。僕は確認をしに弁当のある位置に戻って商品名の書いてあるPOPをもう一回見た。

「嫌いなモノ」オーダーメイド弁当。

「なんだこれ?嫌いなモノオーダーメイドってことはわざわざ嫌いなモノを詰めてもらって食わなきゃいけないのか?どんな拷問だ!あんた俺をバカにしてんのか!」僕は言い放った。

「人気のない食材を処分するために遊びで始めたコレがまた売れるんだよ。アンタも買うかい?」おばさんはいつの間に僕の隣にいて、空の弁当容器を持ってニヤリと笑って立っていた。

しかし、興味はあることにはある。職場での話の種にもなるしな。
試しに一回買ってみることにした。
「分かった、買うよ。値段は?」

「1500円、まいど。」

「はぁ、高すぎだろ!」

「食えば値段の意味がわかるよ。それじゃ帰った帰った」

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家に帰ってから僕はさっきの弁当を買ったのを後悔した。何が悲しくて僕のだいっっっきらいな焼き鳥のレバーとゴーヤ、中華丼なんて食わにゃならんのだ!

しかし、サラリーマンにとって1500円は大金であり、食わずに捨てるのは勿体なさすぎる。一応食ってみるか。

そう思ってまず僕は中華丼を口にした。

すると、意外といけた。

続いてレバー、美味い。ゴーヤ、うまいじゃねぇか!

なんだこれ!嫌いだと思ってたのに全部美味いじゃん!今まで食べないで、食わず嫌いで損していたのかよ。

考えてみれば、僕は今まで嫌いなものというのを一種の自分のアイデンティティとして考えていた。

子どもの頃にプレイしていたゲームでも登場人物に「好きな食べ物」と「嫌いな食べ物」という欄があったのをふと思い出した。どれもキャラクターの強烈な個性を演出する要素であった。

ただ、自分の個性と繋がっているばっかりに嫌いなものを食べてもし好きになってしまったら、

「僕は個性を一つ失うことになる。」

それが嫌で、今まで食べなかったのだ。こんなに美味い中華丼、ゴーヤ、レバー「かつて嫌いだった食べ物」を。

のちに彼は偏見を持たず、代わりに知的謙遜力を持って自分の個性を失うことを恐れずに事業を起こし億万長者になる。

それはまた別の話でーー
(終わり)

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