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【創作大賞2024】「友人の未寄稿の作品群」18【ホラー小説部門】

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18: 未_わたしの1 のコピー のコピー


 わたしには、行きつけの喫茶店がいくつかあります。共通点は一つ、タバコが吸えないことです。

 最近の日本では、喫煙スペースが減少し、それに伴って喫煙可能な飲食店も減っています。令和2年4月に施行された健康増進法の改正により、多くの飲食店が「店内全面禁煙」か「喫煙可能」を選択することになりました。喫煙可能な店では、20歳未満が入店できなくなっています。

 「望まない受動喫煙」をなくすという目的から、喫煙者と非喫煙者の住み分けが進んだのは、両者にとって良いことだと思います。そのおかげで、わたしはタバコの煙に触れずに喫茶店でコーヒーを嗜むことができるのです。

 わたしにとって、タバコの煙は単に不快なだけではありません。それは、過去の記憶や厭な感情を呼び起こすものなのです。

 昔、わたしの家ではタバコを吸う大人がいて、家の中にはいつも煙が漂っていました。その独特の匂いが家全体に染みつき、どこに行っても逃げられません。煙の向こう側には厭なものがありました。

 夜になると、タバコの煙とともに両親の言い争いの声が聞こえてきました。その声は、わたしにとって恐怖の象徴でした。タバコの煙は、その時の不安や孤独を思い出させます。だから、煙が漂う場所にいると、心が締め付けられるような感覚に襲われるのです。

 大人になった今でも、タバコの煙はその影響を残し続けています。職場や公共の場所でタバコの煙に触れるたびに、過去の記憶がよみがえり、心に重くのしかかるのです。
 わたしはただ、穏やかに過ごしたいだけなのに、煙がその瞬間を台無しにしてしまうのです。

 だからこそ、わたしはタバコの煙のない場所を選びます。それは単なる嗜好の問題ではなく、心の平穏を保つために必要な選択です。タバコの煙がもたらす厭なものから逃れ、自分の時間を大切にするために。

 行きつけの喫茶店は、そんなわたしにとっての安全な避難所で、タバコの煙に邪魔されることなく、純粋にコーヒーの香りを楽しむことができます。静かで清潔な空間で、心穏やかに過ごすことができるのです。喫茶店の窓際の席に座り、外の風景を眺めながら一杯のコーヒーを飲む時間は、わたしにとって至福のひとときなのです。



 どこかで、軍手の片方を失くしました。庭仕事やDIYで使っていたもので、何度も手に取っては土や汗で汚してきましたが、特に愛着があったわけではありません。まあ、別にいいかと、気にせず家に戻りました。

 軍手は日常的に使うもので、いくつかのペアを持っています。片方を失くしたとしても、特別なものでもない限り、また新しいものを買えば済む話です。
 人生の中で小さなものを何度も失くしてきましたが、そのたびにいちいち気にしていたらキリがありません。たとえば、傘や手袋、ヘアピンなど、これまでに数え切れないほどの小物を失くしてきました。その一つ一つにこだわることなく、次へと進んでいくのが普通なのです。

 翌日、作業を再開するために新しい軍手のペアを取り出しました。古い軍手が一つ欠けたからといって、何の影響もありません。新しい軍手もすぐに使い込まれ、土や汗、油汚れで黒ずんでいくことでしょう。
 そして、また同じように片方を失くすかもしれませんが、そのときも同じように「どうでもいい」と思うのでしょう。結局のところ、ものは消耗品であり、失くすことも使い切ることも日常の一部です。

 日常の中で失われるものはたくさんあります。その一つ一つに執着するよりも、次に進むことのほうが大切です。新しいものを手に入れ、新しい経験を積むことで、日々は豊かになっていきます。片方の軍手がどこに行ったのか考えることもなく、ただ淡々と日常を続ける。そんな無関心さが、ある意味で心地よいのです。

 片方の軍手の喪失も、数ある小さな出来事の一つに過ぎません。人生はもっと大きな問題や喜びに満ちています。大切なことに目を向けるべきです。小さな喪失にこだわっていては、本当に大切なものを見逃してしまうかもしれません。

 新しい軍手を手に取るとき、また新たな一日が始まることに気づきます。そして、その一日一日を大切に過ごしていくことこそが、わたしにとって最も重要なのです。

 片方の軍手を失くしたことなんて、本当にどうでもいいのです。



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