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【創作大賞2024】「友人の未寄稿の作品群」22【ホラー小説部門】

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22: 未_空を飛ぶ のコピー のコピー


案1:

 リビングルームのソファに沈み込んでいると、玄関のドアがゆっくりと開き、見知らぬ彼が入ってきました。彼は私の姿を一瞥すると、安堵の表情を浮かべます。私は彼のことを知らず、彼が何故ここにいるのかもわかりません。

 彼は私に話しかけることもなく、まるで私が透明であるかのように振る舞いました。彼の目は部屋を漂い――一瞬目が合う――まっすぐに窓へと向かって歩き出しました。窓を開けると、彼は重力から解放されたようにふわりと浮かび上がり、空へと消えていきました。

 私はその光景を、まるで夢の中にいるかのように、呆然と見守ることしかできませんでした。窓の外は、陽炎のように揺らめいています。

 しばらくして、彼は再び窓から戻ってきました。何も言わずに部屋に入ると、玄関へと向かい、そのまま静かに出て行きました。

 その日以来、彼は幾度となく現れるようになりました。彼は来るたびに、同じ行動を繰り返します。私の姿を一目見ては、窓から飛び立ち、戻ってくると玄関から出て行くのです。彼は何を求めているのか、なぜ私の前で飛び立つのか。

 彼は幽霊なのでしょうか。私たちは言葉を交わさず、ただ静かに同じ空間を漂っています。彼が何を感じ、何を思っているのか、その心の中を覗く術は私にはありません。ただ、彼がここに来るたびに、その行動を見守り続けることしかできないのです。

 彼の存在は、不思議な安らぎをもたらしつつも、どこか遠い記憶の片隅にあるような懐かしさを感じさせます。まるで、長い時間の彼方からやってきたような気がするのです。
 何がそう思わせるのか、虚空を掴むような問いが頭を巡りますが、その答えに指が触れることは決してありません。彼が空を飛び、戻ってきて、また去っていく。その儀式のような行動を、ただ静かに見つめる日々が続いています。



案2: 

 薄暗い部屋の中、彼女は無言で私を見つめていた。言葉に表せない重さが、その目には宿っていた。私はそんな彼女を見下ろしながら、自分の欲望に従って行動する。抵抗もなく、ただ受け入れる彼女の姿は、まるで人形のようだった。

 彼女は確かにそこにいた。行為が終わった後、彼女は静かに泣き続けていた。その涙すらも、私にとってはただの背景音に過ぎない。彼女の体温、震え、すべてが私のものだった。

 再びその部屋を訪れた時、そこに彼女の姿はなかった。部屋にはまだ、あの時感じた、彼女の匂いが残っている。
 しかし、匂い立つ元はいくら探しても見当たらない。

 床に、蝉の抜け殻がぽつんと転がっていた。よく目を凝らして見ないと逃してしまう程に、限りなく透き通った、小さな抜け殻だった。

 拾い上げると、それはパラパラと音を立てて、簡単に崩れ落ちた。咄嗟に床に顔を近づけ、目一杯息を吸い込む。彼女の香りが鼻孔を満たした。彼女は確かにそこにいた。

 一粒も残さぬようにと、床に舌を這わせる。味蕾の一つ一つが、彼女で埋め尽くされる。

 溶けるように、私たちは一つになった。そして私は一匹の、大きな蝉になった。

 私は飛び方を知っていた。翅を広げ、力強く足を蹴り上げる。

 空は彼女で満たされていた。



案3:

 空を飛びたいなら死ねばいい。

 幽霊になって、この世への悔いを残したまま、彷徨い続ければいい。

 誰にも相手にされず、誰にも触れられず、誰にも認知されないまま、一生彷徨い続ければいい。

 だってそれが、お前の求めた自由だろう。



Rewritten by 坩堝


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