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スナックちどり

このところ、私はずいぶんまいっていた。
いや、現在もまいっている。
疲労困憊真っ只中だ。

大すきな本も、あまり読めていなかった。

この1ヶ月で読んだのは、村上春樹『猫を棄てる』だけだった。
これは亡くなった父と、その子である作者の話だった。
以前から読もうと思いつつ読まずにいたが、今回、私の祖母が亡くなりあれこれあって、実家へ帰る道中に読もうと思い、買って読んだ。

その後は日々の生活でバタバタし過ぎていた。
息つぎもできず、沈んでしまいそうだった。

何日か前「あ、吉本ばななさんの本で、ゴタゴタの後、回復する話があったなぁ」と思って、本棚の前に立った。

何冊もハードカバーの本がある。
すべて読んだものばかりだ。
その中の一冊が気になり手に取った。
それが『スナックちどり』だった。
装画は朝倉世界一さんで、幻想的ですごく良かった。特に、カバーを外した時に現れた絵に強く惹かれた。
「あぁ、私はこういう世界が好きだった」と思った。

久しぶりに読むと、離婚による喪失感と祖母を亡くした喪失感を抱える従姉妹同士が、イギリスの果てのホテルに滞在している話だった。

いつもながら、以前読んだときには素通りしてしまったようなところに、何度も留まり読み返すこととなった。

私には妹がいる。
妹の方が祖母と親密だった。
同じ祖母を亡くしても、思いも悲しみ方も私とはまるで違う。
そして、祖母の子である母も、全く違う。

けれど、3人で集まり、今後のことを少しずつ進めている。
それぞれがふだんは違う日常にいるけれど、いざとなったら集まってお互いの話を聞きながら明るい方を目指そうとしている。

血縁関係があっても、それぞれ持っている世界はまるで違う。
けれど、信頼関係があれば補完し合いながら進んでいける。

「あぁ、この本を読んで良かった。今、読むタイミングだった」と思った。

『今となってはみんな、夢の中のことみたいに淡くていい思い出だった。長く続かないことは、なんだっていつしか人生の夢のゾーンの中に沈んでいくのだ。』という文章がある。

私は、日々のしっかりした現実より、そうした夢のゾーンに親しみを感じやすい。
夢か現実かわからないようなことが好きだ。

きっと、今の大変な時期も、そんなに長く続かない。
振り返ると、みんないい思い出になる。
嫌だった人のことも、ついつい良かった部分を思い出して後悔してみたりするのだろう。

そんな強くて脆い自分が浮かび上がってきた。

あぁ、やっぱり芸術はいいなぁ。
作家が表現したものが、こうやって伝わっていく。
発する側も、受け取る側も、いろんな人がいるのだから、いろんな表現があっていいんだ。

身体はしんどいけど、心は軽く、明るくなった。

こんな状態で『スナックちどり』に行ったら、泥酔してカウンターで寝てしまいそうだ。
きっと、周りの会話を聞きながら、安心して寝られそうな気がする。