見出し画像

短編「始まり終わり」(シロクマ文芸部)

始まりは、君が「嘘でもいい。」と言ったあの日だった。


私はまっさらだ。
他の子たちは多少なりとも、自分だけの色がついている。
私には「自分」というものが全く無い。


そして、その「自分」があるかどうか、それが色として見え始めたのは、1年ほど前からだ。


私は小さい頃から、何が好き?とか何がしたい?と言われても、サッと答えられない子どもだった。シャイで言葉が出ないとかではなく、本当に自分が好きなもの、したいこととかが分からないのだ。


学校に通い出して、友達付き合いをするようになっても、あれがいい、これがいいと言うことは無く、全て一緒にいる友達に合わせていた。あまりにも、意見を言わないものだから、友達に何か意見はないのかと問い詰められたことがあるが、やっぱり何も無いので、答えられなかった。嘘を言う訳にはいかないから仕方がない。結局、気味悪がって友達はいつのまにか離れていった。

そうして、いじめられこそしないが、干渉されもしない。そんな学校生活を送って、ついにそのまま高校2年生にまでなった。


つまり、今私は高校2年生で、1年前、高校1年生になってすぐくらいから「色」が見え始めたのである。その「色」がなんなのかを探る中で、人には多少なりとも「自分」があって、それが私には無いのだと気付いた。


人の色は本当にそれぞれである。


青、赤、黄色…(この色の違いがどんな性質や系統を表しているのかは分からないが。)色の薄い人、濃い人…(どうもこれは自我の強さを表しているようだ。)



私は今の生活でも極めて困るということは無いのだが、その「自分」というものが多少でもあれば、もう少し生きやすくなったりするのだろうかとぼんやり考えていた。


そんな時に君に出会った。

(君、君と呼ぶのは失礼かもしれないから花と仮に呼んでおこう。)

7月、夏休みに入る前の蒸し暑い日だった。席替えをしたら、たまたま前の席になったのが君だった。

活発でクラスの中心にいるような花は、それまで話す機会のなかった私に興味を持ったのか、事あるごとに私に話しかけてきた。



そして、ある日の帰りのホームルームが終わったあと、ついに聞かれたのだ。

「いつも質問すると答えを濁すけど、私が話しかけるの迷惑かな?」

迷惑ではない。むしろ、反応もろくにしない私に他の子と同様に話しかけてくれる人は、そうそういないからありがたいくらいだ。
ただ、質問の答えを私は持っていないから濁すしかないだけだ。

「迷惑じゃないよ。」

無難にそう答えると、

「じゃあ、何でいつも答えてくれないの?」

あくまで不思議だという感じで花は問いかけて来た。

「答えが無いの。分からない。」

私は正直に言ってしまった。
なぜなら、花の「色」はとても濃いのだ。つまり、「自分」が強くあるということだ。だから、そんな人に聞けば私も答えが得られる方法を見つけられるかもしれないと思ったのだ。

どういうこと?という風に花は首を傾げたので、付け加える。


「私は、自分の好きなものとかしたいこととかそういうのがよく分からないの。だから、何かを選べと言われても、どれを選べばいいのか分からないし、逆にどれを選びたくないかとかも分からない。自分っていうものが全然無いんだと思う。自分が少しでもあったら、もう少し生きやすかったかなって最近思うの。」


こんなに訳の分からないことを一気に話されて、引かれるかなと思ったが、花は特に気にする風も無くこう言い放った。

「じゃあ、無理矢理でもその自分ってやつを作ってみたら?」

どういうことだろう。と思っていると花が付け加える。

「答えが無いから、選べない、答えられないんなら、無理矢理、答えを作って、理由を後付けすればいいんじゃない?」

「でもそれは、嘘をついてることになる。」

花は答えた。

「嘘でもいい。実験みたいなものだよ。とりあえずその自分ってやつを仮に作ってみて、生活しやすいのか試してみるの。」

私は、それ以降何も言えなかった。正確にはそれを決める力すら自分には無いから、やってみたら?と言われたら、しかも花に言われたのだからやってみるしかないのだ。

        

そこから、今に至るまで私は花に言われた通りに答えを作って理由を後から付けるようにして、答えを出すようになった。生きやすくなったのかは分からないが少なくとも、人との関わりは円滑に行くようになった。答えを出す過程はどうにしろ、表面上は「普通」を演じるようになったからだ。

花とは2年になってクラスが離れて、話さなくなった。

答えを作るようになったけど、相変わらず私の「色」は無い。まっさらなままだ。


私は普通を演じて生きている。
私には本当は「自分」はないけれど、嘘をついて生きている。


始まりは、君がくれた。
なら、終わりは?


こちらに参加させて頂きました。
ありがとうございます🍀


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?