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金木犀



もしも

“1番好きな季節は?”

と問われたら、迷わず

“金木犀が咲く頃”

と答える



ジリジリとした日差しが照りつけ
ジメジメとした空気が漂う
まるで地獄みたいな日々をなんとかやり過ごして

少し肌寒くなってきた頃に訪れるその香りを
私は堪らなく愛している

好きな男には 好きな花の名前を教えるべし!
毎年その花が咲く頃に、彼は貴方を思い出す

このなんとも言えない文言をどこかで目にした
そんな事に好きなお花を売りたくないと思いつつ、私は金木犀のことを2人の男に教えてしまった。下品だ、動機が不純だ、


*****

私・・・何処にでもいるとるにたらない人

彼・・・交際しているおじさん

蓮さん・・・尊敬している上司

*****


22歳の私は38歳の彼と世田谷で暮らしていた。
世田谷はそこらじゅうに金木犀が咲いている。

彼は“献身的な”男性だった。
家事全般 文句も言わずにやってくれていたし、休みの日11時頃に起きると、パン屋さんで買ってきてくれたほかほかのパンと、淹れたてのカフェラテが並んでいる。
それを食べながら金木犀のことを教えてあげる。開いている窓から、お向かいの金木犀がそよそよと運ばれてくる。
完璧で穏やかな生活。

彼は“最後に戻ってきてくれれば良い”とよく言った。“なんでそんなことを”と本気で怒っていたが交際2年を過ぎた頃、本気で怒ることはなくなった。気づいていたかは分からないけれど私は浮気をしていた。

男友達の家で月に1度、一晩を共にする。よくないことだと分かっていながらするそれは背徳感を煽り刺激的だった。

まあそんな関係が長く続くはずもなく、愛のないそれに飽きた私は程なくして彼との平穏な日々に戻る。





ある日ヒョンなことから(仕事の関係で)、蓮さんと飲む機会が増えた。

蓮さんは私の最も尊敬する上司で、頭の回転が早く、周りを巻き込むのが上手、ユーモアもあり、誰からも慕われるような、いわゆる仕事の出来る男だった。おまけに高身長で、笑顔が可愛い。そんな蓮さんには高校時代から付き合っている、モデルみたいに可愛い彼女がいた。(しかも婚約している)完璧だ。

しばらくすると、蓮さんと私は度々2人で飲みに行く“飲み友”になった。お互いに想う相手が居ることは承知していたので、そんな関係にはならないと思っていた。甘い考えだ。男女が2人でお酒を飲むということには少なからず“そういう危険”が潜む。この前の浮気もバレていなかったし大丈夫だろうと、私はまた同じ罪を犯した。
ホテルを後に駅に向かう途中、金木犀の香りがした。

私は蓮さんに金木犀のことを教えてしまった。


その後も何ヶ月か関係は続いた。
飲んで何もわからなくなった“フリ”をしてホテルに行く。我ながら最低だと思う。いつものようにそれを繰り返していると、終わりは突然訪れた。

ホテルを出ると彼がいたのだ。
頭の中は真っ白で何もわからなかった。




1ヶ月後、私は転職し関わりを断ち切った。
そのまた2ヶ月後、蓮さんは正式に籍を入れたと風の噂で耳にした。

彼はこんな私と関係を続けることを願った。そんな彼の優しさにつけ込み1度は前の生活に戻った。でも、頭の中はそれどころじゃなかった。
“別れよう”と告げて家を出た。
“嫌だ”と言っていたけれど追いかけては来なかった。



*****


この季節が来る度に思い出すのは
彼らではなく私の方だ

まるで好きなものを使って
他人の心に入り込もうとした罰か呪いのように
決していい思い出とは言えない
薄汚れたエゴイスティックな記憶が残り続ける

それでも私は金木犀が好きだ
陶酔という花言葉がピッタリの香り、煌びやかな香りとは対称的な小さい華、その存在が鼻をかすめた時の嬉しさ、一ヶ月足らずで居なくなってしまう儚ささえ愛おしい



追伸
今の彼とは付き合って1年半になる
金木犀のことを教えるのはやめておこうと思う






#2000字のドラマ

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