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忘れたいこと。忘れたくないこと。

自分の年齢が、芥川龍之介の享年に追いついたことに、先日ふと気がつきました。

気がついた瞬間に思い出したのは、高校2年生のある日の出来事。

放課後の教室で数人が集まり、問題集を解きながら、お互いにわからないところを教え合っていました。
問題文を読むのに集中していたところ、
「いいなぁ。わたしと違って記憶力が良くて。
 うらやましいなぁ」
という声が聞こえてきたのです。

級友からそんなことばをかけられたのは、聡明で快活なクラスの中心的存在の子。
英語の発音がとても綺麗だったことが、今でも印象に残っています。

彼女は困ったような顔をして、応えました。
「良くなんかないよ。
 だって、記憶力がいいってことは、悲しいこととか、
 苦しかったこととかも、ずっと忘れられないんだよ?
 記憶力がいいと、自分の記憶に押しつぶされるの。
 芥川龍之介だって、そんなことも理由のひとつで、
 若いうちに世を去ってしまったんだって」

さっぱりとした性格で、よく笑う彼女が、そんなふうに考えていたのか。
驚きを感じながら、でも、その気持ちはわかるような気がすると、こころの中でつぶやきました。

小学生の頃から、学校という場所に、わたしはうまく溶け込めませんでした。
学校だけではなく、自分をとりまく現実にもなじめないような感じがして、疎外感を抱くことも多かったです。
あからさまに自分自身を否定されるようなことばを向けられたこともあり、子どもの頃の経験の中には、思い出したくないこともあるのですよね。

それなのに。もしくは、それだから、なのか。
わたしは、幼い頃から記憶力が良いほうなのです。

高校生の頃にも、幼かった自分が傷ついた経験を思い返しては落ち込むことがありました。
今でも、幼かった頃の出来事を語りあうとき、母親が記憶していないような細かいことすらわたしが覚えていて、驚かれます。

小さなことが気にかかり、数日間考え続けてしまう、そんなことも日常茶飯事。
"どうして覚えてしまうのだろう。そして忘れられないのだろう"ということが、長い間自分自身の課題としてありました。

ところが、三十代にさしかかる頃から、"忘れる"ことができるようになってきました。
それはただ単純に記憶力が衰えた、ということでもあるのですが、苦しいことや辛いことを引きずることが少なくなったな、と感じるのです。
過去の傷について悩む時間も、十代の頃に比べると短くなっていると思います。

もちろん、たとえば、noteで"辛い経験"を語る文章を読むと、自分の過去と重ね合わせてしまい、脈拍が少し速くなったり、指先が震えてしまうことは、今でもあります。
そんなふうにして気持ちに翳りを帯びてしまっても、少し時間がたてばおだやかな光が広がっていくのを感じるのです。

なぜならば、繰り返し子どもだった頃の記憶を思い返す
うちに、辛いことばかりだと思っていた日々の中にも、
きらめくような瞬間が確かにあったと気がつけたから。

校庭に立っていた、大きなクスノキの幹にふれたときに感じた温もり。
図書室で、梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」を時間を忘れて読んだときのこと。
文化祭の準備で、日暮れ頃まで教室で残っていたときに校内放送で流れていたスピッツの「空も飛べるはず」のメロディ。

なんでもない日々の中のひとこまは、今も記憶に残っていて、忘れたいことばかりだと思っていたけれど、忘れたくないこともあったのだと感じます。

noteで文章を書くようになってからは、"忘れたくないこと"が、さらに増えていきました。
書くことで、日常の小さなことが愛おしく感じられるようになったことはもちろんのこと、それ以上に大きかったのは、"出会えて良かった"ということばを下さる方にめぐりあえたことです。
自分の存在を肯定されたような、安らかな気持ちを覚えたのです。

多くの方にとってそうであるように、陽だまりの中にいるときのようなあたたかさを感じる"note"という場所は、わたしにとっても大切な居場所です。

以前、勤務先の上司の方に、
「君は不幸やなぁ」
と、しみじみと言われたことがあります。
そのときは否定ができず、曖昧に笑みを返したのですが、今なら、「そんなことはないですよ」と言えます。

"忘れたいこと"よりも"忘れたくないこと"のほうが、今のわたしにはたくさんあるから。
自分の気持ちについて書くことに怖さを感じていたけれど、はじめてみて良かったと思うのです。

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