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小松菜 [詩]

老婆はいつも施設の裏庭に種をまいた
古びた袋には かすれた文字で小松菜と書かれている
ひとりにしてはおけないから 早く中に入ってと急かす私に
「収穫したら一緒に食べようね」
かならず彼女は笑ってそう言った

私が茹でると どこか筋っぽい小松菜
老婆は器用に茎と葉の境でポキっと折り倒す
そのまま下に引きおろすと スルスルっと茎の筋がとれた
「ひと手間を惜しんじゃいけないよ」
そうだよね 本当にそうだと何度思ったことだろう

老婆とのお別れがあって 何度目かの冬
今夜の味噌汁の具には 小松菜を選んだ
ポキッと折って スルスルっと筋をとる
長い年月を 繰り返し伝えられてきた細やかな教え
良くできたねと 草葉の陰で笑ってくれるだろうか


※思い出を詩にしていくことにしました。戦前生まれの方たちとの出会いは、かけがえのない宝物です。一緒に過ごした時間は短くても、大切なものをたくさん教えてもらいました。

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