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「95(第4話)」 復讐の喧嘩の末に、自分の中の臆病は整理できたのか?

私的に、このオウム真理教のサティアンに強制執行の形で突入した日のニュース映像は残っている。だが、その時にはもう社会人だったし、仕事の案件で頭は強制的にそっちを向いていて、何かに縛られている感じだった。そう、ある意味、会社にいても宗教にハマっても、それはそれで窮屈だった感じだ。その時の感想はといえば、オウムの彼らの発言の中には全くこちらの琴線に触れるようなものはなかったということ。そして、地震があったって、テロが起こったって、日本は怯えるだけで、何も前に進めなかったということだ。

だから、いまだに統一教会とか日本会議というようなイかれた団体に国は制圧され、地震災害が起きたって、復興のスピード感もない(かえって昔より悪くなってる)。どう思いますか?よく、60年代の学生紛争の無意味さを問う方とかいますが、この頃の若者のフリーダムな暴走も、世の中になんの爪痕も残してはいないんですよ。そう、この頃と違うのは、マイノリティーの皆さんがカミングアウトして積極的に発言するようになったことくらい・・。そんなことを考えながら、このドラマを見ていると、虚しさしか残らない感じ。

今回は、前回の鈴木仁が、高橋海人の姉の桜井日奈子を犯した詳細な顛末が描かれるところから。鈴木は桜井も呼んで一緒に飲もうとかいうが、高橋は仲の悪い姉を呼ぼうとは思わない。そして、勝手に桜井の部屋に入っていく鈴木。桜井も、なぜかメイクしていたりする。鈴木は強姦する感じだが、結局は桜井も嫌ではなかった感じで事が始まり終わる。その間、ヘッドホンの大音響で喘ぎ声を消してるしかなかった高橋。鈴木が帰って、一気に心が折れる。

もはや、やけで自分から自販機でタバコを買って吸い出す。この頃はJTのターゲットは高校生からだった感じも私はする。そして、後輩の井上瑞稀は寄ってくるし、学校では女子たちが彼を囲む。全て、雑誌に出たせいだが、高橋のそれどころじゃない感じはうまく出せていた。そして、その胸の内を関口メンディーにプラネタリウムで話すという展開はいまいちよくわからなかったが、渋谷の駅前にプラネタリウムがあったということを言いたいだけか?

そして、一気に喧嘩モード。シーンが変わると、鈴木仁は横たわっている。こういう加減を知らない喧嘩って、この頃、まだあったのだろうか?まあ、チーマーみたいな組織で動く感じがあった頃だから、勢いでそういうところに向かったかもしれませんな。そして、大臣の息子とかがいるということは、警察に厄介になっても、もみ消しもできた?ということ?

なんか、見ていて、最後に高橋と鈴木が決闘するという図もアホらしくしか見えてこなかった。その構図はただの男の力の無駄使いでしかない・・。というところで、高橋には松本穂香が一つのオアシス的なものになっていくのか?

ラスト、安田顕を呼び出した桜井ユキは、松本の娘だという。さあ、ここから何が起こり、桜井は何を知りたくて安田を呼び出したのか?というところなわけですね。


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