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「95(第7話)」 究帝覇兄みたいな語呂合わせの中には、空っぽの頭しかないわけで・・。

高橋海人は、やはり、松本穂香と関係を持ったあたりから変化した感じであるのか?そのくらい、女のブラックホールには影響力がある。そこは桃源郷だが、振り返れば何も変わらぬつまらぬ日常がある。その辺は「東京タワー」を見た方がわかりやすいかwそう、高橋の恋の指南役が一回り上の女(桜井ユキみたいなね)だったら、彼の気持ちはもっと荒廃していっただろう。

そして、空手を習いに行きながら、気に入らないと武力で制圧しようとする毎日。そんな中で、中川大志の柔な感じも気に入らないし、チームってなんだよって言う感じになるわけだ。そう、暴走族もチーマーも若者の暴走するパワーの発散どころでしかないのだ。そこに渋谷統一とか言ったって、大人はそんな街を勝手に根本から変えていってしまう。今の渋谷の再開発の様子を見ると、ノスタルジックにしか物が見られなくなる人も多いのでしょうね。そして、現代人は渋谷に何を求めて、何を創ろうとしているのかよくわからない。渋谷がパルコや109で変わっていった頃に対して、クリエイターもいないし、仕掛け屋もいないし、それを論ずるものもいないからだ。

私は、雑誌記者の桜井ユキに、そんな渋谷の未来を見据えたような話を聞きたかったのかもしれない。だが、彼女は、自分は誰の子なのか?という自分の根源的なものにしか興味はないようだ。それがわかれば、渋谷などどうなってもいいのだ。

そんな中で、高橋の末裔である、安田顕は、そのすぐ後に大学に入り、今の会社に入りそのままだということを吐露する。そう、その時代の意味はあまり考えてもいなかったのだろう。だが、その青春の無駄使い的な物がなければ、今はないと言うこともわかっている。

そして、ここでは、渋谷の街を喧嘩に勝って掌握してる感じの「究帝覇兄(キューティーハニー)」と言う特攻服を着たようなグループの中のただ腕力だけで生きてる怪物(勝矢)に、ただ立ち向かっていき、簡単に倒される高橋。そして、やってることが親にもバレていく。そして、普通に暮らすしかなくなるみたいな感じ?まあ、高校時代の頭の中ってこんな感じか、洗脳されて受験勉強やってるかどっちかですよね。日本の青春グラフィティの裾野はそんなに広くはない。

最近は、過激な服装の高校生も見ないし、激しい喧嘩の現場も見なかったりする。若者たちのアンリミテッドなパワーはどこにいったのか?まあ、インドアでゲームしてる方が楽しいのかもしれないよね。喧嘩もゲームも時間の無駄使いだから同じと言えば同じだが、ゲームは、その向こうにビジネスが隠れてるのが気持ち悪い。とはいえ、ここにも三浦貴大のような若者を動かして商売してる奴がいるのは同じか?そして、麻薬に売春というケンカと同じように誰でもできる?商売の話がシンクロしてくる。今もそれが変わった形でトー横にあるのかもしれないが、結果的にそれをドラマにすると、このくらい混沌としたものになるということがわかってきますよね。さあ、彼らの求める刺激をここからどうまとめていくかは楽しみなところ・・。


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