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「銃2020」懐かしき日本映画のハードボイルド風味。臭う闇の世界の危うさに埋れる。

奥山和由プロデュース。澱んだ日本の夜のハードボイルド。ここに豪雨が重なってくれば石井隆の世界にも近い。女が主人公だが、それほどエロスの世界には至っていない。まともでない人間たちが折り重なる世界に存在する銃一丁。当たり前のように4発の銃弾は人を殺める。それだけの映画だが、映画を観たという触感が嬉しくもあった。

そう、石井隆の名前が出てくるように、昔のロマンポルノの三本立ての中で、公開されていれば、傑作と叫ぶ人があちこちに出てくるだろうと思われる一作である。76分という短い上映時間にも、そういう雰囲気が宿る。「百円の恋」などの武正晴の脚本、監督。こういう世界が描ける人なのだと思ったが、今ひとつ、映画全体の荒さが足りない気はした。そう、澱んだ心が映像として定着していないように感じたのだ。

話は単純、親から見放され、自分の身体を売りながら(実際は売らないで金だけ巻き上げる)ゴミだらけの部屋に住む主人公(日南響子)が銃を拾う。その銃をめぐるドラマの中に彼女が巻き込まれ、いや彼女がドラマに巻き込んで、4発の銃弾が人々を翻弄する。

主役の日南は、そのうらぶれた服装や、顔を隠すようなボサボサの髪もあり、宣伝スチルにあるように映画の中では印象深い顔にはない。そう、彼女の身体全体が、世の中の怒りのように銃と共に動く。この映画に求められているのは彼女の身体そのものだけなのだろう。もちろん、母親に罵倒され、ストーカーに追いかけられ、身体を求める男たちを馬鹿にしながら生きているという心根はその肉体から十分に香ってくる。主役として十分な演技である。

そして、脇役たちに癖のある名のある俳優たちが日南に絡んでいくことで成立している映画である。

友近。アップのシーンもないので、そのきつめの口調だけで彼女の存在感が理解できる。結果的には、娘である日南に不満を持ったままゴミ部屋に朽ちるのだが、死にいたる過程はこちらの予想通りではなかった。この脚本、そういうところはうまい。

そういう意味では、こちらの予想通りに死んでいったのは、やさぐれ刑事の吹越満。銃弾に真っ赤に染まった白いシャツが印象的。彼のやさぐれぶりも、背徳的な臭いのする日本映画の香りであった。

ストーカーとして、彼女に蹴られて悦ぶ、加藤雅也は、ある意味いなくても良いキャラクターだが、加藤がこの醜い男を演じることで成立している。そう、顔で売っている俳優がこういう役をやることは、やはり昔の成人映画的な色であったりする。ハリウッドなら今もよくあることだが、日本映画は体裁を気にするあまり、こういう冒険はできなくなっていることを思い出させた。そう、ジャニーズだって、醜い役やってナンボなのが俳優だと思うのだ。

そして、最後に佐藤浩市。何をやっているのかわからないが、銃の出どころを知って、闇社会でうまく歩いている男というところだろう。この映画の案内役とも言える。そして、日南を丸め込もうとして、最後には銃弾に襲われる。このラストの佐藤が撃たれるシーンがこの映画の中で最も美しい。日常の日本の街中に撃たれる銃弾はシュールである。そして、それほど重いものを背をっているわけでもない。そんな香りを持った銃弾だった。

短く洒落た短編小説を読むような映画であり、その画面の暗いテイストだけで、私はゾクゾクする感じではあったが、所詮、小品という感じでもある。あとは、音楽で勃たせてくれる感じがあれば合格というところ。

とはいえ、この触感はやはり昭和の時代の粒子の粗いフィルムに焼き付けられた闇の世界のハードボイルドへの郷愁なのかもしれない。私的には、令和の時代の切れ味良いハードボイルドが観たいというのが本音である。


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