見出し画像

【ショートショート】「恋をした」

先日、同期の山田くんがニコニコしながら飲み会に誘ってきた。

日頃から無表情の山田くん。
そんな山田くんの笑顔を見るのは初めてかもしれない。
何か良いことでもあったのだろうか。

しかも、山田くんから飲み会に誘ってくることは今まで一度もなかったハズ……。

入社時の同期は僕を含めて6人。
いつの間にか一人減り、さらに一人、もう一人と…今は3人だけ。
貴重な同期とはできるだけ仲良く過ごしたいものだ。

そこで僕はもう一人の同期である鈴木くんにも声をかけ、同期3名で飲み会を行うことにした。



同期の中でも鈴木くんは社交的でとても話しやすい人間だ。
鈴木くんを中心に3人でビールとおつまみ、他愛のない話が進む。

専ら喋っているのは鈴木くんで、僕がそれに答え、山田くんはおつまみを食べながら黙って聞いている状態。

会話を振れば山田くんは

「うん」

「別に」

「いいよ」

など、短い回答はある。

元々ほとんど喋ったことのない山田くんだが、決して悪い人ではないと思う。
何も喋らなくても何となく居心地がいい。

久しぶりに鈴木くんともたくさん喋れて調子に乗ってしまった僕は飲みすぎて一人トイレへと席を外す。


トイレから帰ってきたら、珍しく鈴木くんと山田くんの会話が弾んでいた。


恋をした


一瞬、山田くんの言葉が聞こえた。

…えっ、山田くんが恋!?


その後の会話は聞こえず、僕が席に戻った途端、二人の会話は終わっていた。
突っ込んで聞いてみたいところだったが、鈴木くんが

「そろそろお開きにしようか~」

と言ったので何となくそのままお開きに…

山田くんはどんな人に恋をしたのだろう?

まだそこまで仲良くなっていない自分が突っ込んで聞くのもおかしいような気がして、モヤモヤ感はあるものの、そのままその日は解散となった。



僕が勤めている会社はIT系で、僕はシステムエンジニアだ。
山田くんとは部署が違うため、仕事を一緒にすることはない。

なので、山田くんが今どんな仕事をしているのかは分からない。
1回目の飲み会が居心地良かったので、2回目も開くことになった。

さらに親睦を深めようと、2回目の飲み会では

「今どんなことをやっているの?」

と聞いてみた。


「スマホのアプリ開発」


2回目でも、相変わらず受け答えは短い山田くんだ。
だが、聞いたことに対してきちんと答えてくれるし、山田くんの仕事内容をざっくりと知ることができただけでも嬉しい。

もう少し掘り下げてみることにした。


「どんなアプリ?」


「これ」


自分のスマホを取り出しアプリを見せてくれる山田くん。
チャット機能のようなアプリだが、わざわざ自分で文章を入力しなくていいらしい。
画面にはいろいろなボタンが表示されていた。

例えば

『了解しました』

『遅れます』

といったビジネスで使えそうな用語集も……。


文章を自分で打ち込まずに表示された適切な用語を押すだけでいいという簡単操作。
しかも、スピーディーにチャットができるのは忙しい現代人にとって効率的だ。

「他にもある」

自分の仕事を見せるのが嬉しいのか、山田くんは次から次へと開発したアプリを表示してくれた。

その中には、それぞれの立場に応じて用語を変えられるアプリもあった。

上司から部下に対して命令調になっている用語集には

『来い』

というボタンもあり……。

山田くんは操作の仕方を実際にレクチャーしてくれて、『来い』のボタンを『押した』。


「この前『来い押したら反応しなかったから直した」


よろしければサポートをお願いいたします! いただいたサポートは通院代や書籍代に使わせていただきます♪(゚ω゚)/