見出し画像

Day 17  私が海外に行きたくなったきっかけ


私はいまこうしてインド住んでいますが、
そういえば、いつからこんなに日本以外の国に興味がわいたんだっけ?

と考えていたところ、小さな出来事が3つ思いつきました。

どれも本当に小さな出来事ですが、少しずつ私の人生に影響をしていたんだと、今になっては思います。


1.父がドイツとイタリアに2ヶ月ほど出張していた。

私が小学1年生くらいの時、父が出張でドイツ、イタリアに行っていました。
当時は出張がよくわからず、特に気にもとめてなかった気がします。
でも、誕生日に父からのエアメールが届いてドイツという国を知ったのでした。

父は英語も話せないのに、よく出張に行っていたなぁと今では思います。。

その後、父からは仕事の話ではなく、現地の人がとても親切にしてくれて、ドイツやイタリアの生活はこうでこうでね、と何度も聞きました。
日本と色々と違うんだなぁとおぼろげに思った記憶があります。

父はよっぽどドイツが気に入ったのか、テレビでドイツやヨーロッパ特集があるとチャンネルを奪い、それに伴い私も洗脳されるように海外旅番組を見ていました。
そして退職するとすぐに、母へ素敵なドイツを見せるため二人で旅行に行ってしまうほどでした。
こんな父の影響から、文化の全然ちがう国で過ごすのは楽しそうだなぁと思い、私はECCに通い始めるのです。


2.韓国人の子が2泊3日のホームステイでわが家へ

高校の時です。
当時はチャングムとか冬ソナが流行ってた時期だったかと思います。

姉妹校であった韓国の高校生が交流に来ることになり、ホームステイ先を募集していました。私はただ面白そうという理由だけで、その話しにのりました。

たったの2泊だけでしたが、韓国人の女の子二人がうちに泊まりに来てくれました。
二人は日本語を少し勉強していましたが、私は韓国語はわからないので英語や日本語でなんとかコミュニケーションを取りました。

彼女たちは日本の食事が合わないときのために、コチュジャンを持ってきていました。コチュジャンを入れたらなんでも食べれるからと。でも、結局、うちの母の料理を美味しい食べてくれました。そして、コチュジャンをプレゼントしてくれました。

驚いたのは、朝、二人を起こしに行くと、部屋から化粧品のにおいがぷんぷんしていたことでしょうか。高校生の時から、丹念にスキンケアしているなんて大変だなぁと思ったり。

あと、私の英語の発音が通じず、疲れた?と聞きたいのに「アーユータイアード?」が全く通じず、「タイヤード?タイアー?」と何度も言い直し、自分の発音の悪さに凹んだのもこのときです。小学校のときからECCにまで通っていたのに、、

今はもう連絡は取っていないのですが、いつか二人に会いに韓国に行きたいなぁと思っています。


3.高校の修学旅行のマレーシアでの買い物


1.2とステップを踏んで、ここで初めて海外に行きました。
うちの高校は私立だったので、修学旅行先が自分で選べました。
たしか、九州、中国、マレーシア、カナダだった気がします。
そこで、私は迷わず英語圏でカナダより安いマレーシアにしました。
本当に、これについては地道に積み立てをしてくれた両親に感謝しかありません。


ここで、私は初めての海外でのお買いものを経験します。
今でも、その光景をよく覚えてます。
以前の投稿にも出てきた、くまさんと売店にオレオを買いに行ったんです。
たかだか買い物だし、喋れなくてもできるのですが、買ったあとは二人で「はじめて海外で買い物できたよ!」と嬉しく話したほどでした。

また、自由行動で街を歩いていたとき、知らないオジサンに「フィッシュマーケットはどこ?」と聞かれて、「いや、知らないです」というやりとりをしたことも、私の英語通じたんや!と思った瞬間でした。


修学旅行自体は大して楽しくなかったのですが、
知らない言葉、文化、国にいること自体にとてもワクワクして、色んな国に行きたいと思ったのです。

その後マレーシアにはトランジットでしか行けてないので、今度ゆっくり観光したいですね。



こんなささいな体験が、私に海外に目を向かせることになりました。
そして、今に至るので不思議ですね。

どんな体験が今わたしをここに連れてきたのかなんて、
振り返って見ないと分からないもんです。

きっと私が今、気づかずにしていることも、その一つ一つが集まって未来を作っているのでしょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?