「ラブリー」 6

終章 ラブリー・ウェイ


「何それ」

みはるんが瞳を輝かせた。

「めっちゃくちゃ可愛いんだけど」

私は、みはるんとみのりんの双子の前で、サファイアの指輪を披露していた。

「ダイヤじゃない婚約指輪も、いいものね…」

みのりんが楽しそうなため息をつく。

「まさか、おんなじ頃に結婚することになるなんて思わなかったわ」

「さすがに、兄弟が同じ時期に結婚なんてお父さんとお母さんが大変だから、ちょっと時期をずらすけどね」

「式、やるの?」

「うん、うちのパパがどうしても式を見たいんだって。私たちはやらなくてもいいんだけど」


みはるんは、ブルーの幾何学模様のカップでコーヒーを啜ったあと、ニヤリと笑った。

「二人とも、婚約してくれてありがとう」

夜会巻きにした襟足の、少し汗に濡れた後毛が色っぽい。何しろ外は暑くて、私たちは逃げるようにしていつものカフェに飛び込んだんだ。

いつもの如く冷房が効きすぎている室内で、汗が冷えてちょっと冷たかった。

「何その『ありがとう』って」

私は、ちょっと気持ちが悪くて笑いながらそう返した。みはるんはふふ、っと声を漏らす。


「薫ちゃんがね、とうとう言ってくれたのよ。博士課程終わったらアメリカに君を連れていくよ、もちろん『柴田美晴』としてね、って!」

斉藤美晴が、柴田…薫ちゃんの苗字になってアメリカへ…そうか…!

「おめでとう!」

私はみはるんの肩を抱いた。そして横に少し揺さぶる。

「プロポーズじゃない!」

「まだ先の話だから具体的に何をするわけじゃないけど、とりあえず安心したよ…」

みはるんは、私の目を見ながら笑う。

「仲間が次々と結婚の話をし始めたんで、薫ちゃん、私が悲しい思いをしていないかって思ってくれたみたい」

コーヒーカップを眺める。ブルーの菱形をなぞる。

「決め手は、多分聡太さんね。連絡が来たって言ってた」

「うふ」

私たち、役に立ったんだ。ちょっと笑える。


「ところでさ」

みのりんが私に声をかけた。

「どっちの苗字にすることにしたの?」

「え…私は彼の苗字にしたいかな…」

付き合い始めた頃、私はよく妄想をしていた。私の名前が彼の苗字になることを。だから、なんとなくそれに憧れがあった。古臭いかもしれないけど、それは…7年の昔に胸をときめかせた、魔法の言葉だったんだ。

「でもさー」

みのりんは首を傾げる。

「瑠璃ちゃん、本名の『藤崎瑠璃』でデビューしちゃうわけじゃん?どうするの?」

「まあ、その辺はペンネームとして旧姓を使うことは普通だし…」


「そっか」

みのりんはにっこり笑う。

「私も瑠璃ちゃんも『長山さん』になるんだ!」

はうーん…私たちは、しばしその音に酔いしれる。ああ、本当に結婚するんだなって。

ええ、普通の苗字よ、フツーの。でも、それは私たちにとって…兄弟の兄と弟、それぞれと長年のお付き合いをしてきた私とみのりんにとって、やっぱり感慨深いものである。

「結婚すると、今みたいに夢のようなことばっかり言ってはいられないんだろうけどね」

うん、それはわかっている。結婚したら私なんか長男の嫁になるわけだし…って言っても長山さん家は分家の分家でサラリーマンのお宅だって聞いてるから何をするわけでもないんだけど…、それに、子供ができたりしたらまた生活がガラリと変わるわけだし。

「でも、今は夢みたいなこと言っていたいなあ…」

「今はね…」

みのりんも、みはるんも首を縦に振る。



両手の薬指に石のついた指輪をしているのはなんかバランスが悪い気がするけど、私の指には可愛い青の花がふたつ、ぽっちりと咲いている。

ウキウキしながらスーパーに寄って、今日は何を食べようかなって物色をする。今日はね、スイカが食べたいのよ。あんまり大きいと冷蔵庫に入らないから、1/6にカットしたものを選んで。

そのほか野菜なんかを買ったら重たくなって、エコバッグが指に食い込んで指輪の感覚がギュッときた。


ああ、なんか、幸せ…。


家に帰れば、フツーにほぼ下着姿の彼が床の上に転がっていて「あちー」って言いながらクーラーに当たっている。

私は何より先にシャワーを浴びに浴室に消えて、ヨレヨレのΤシャツとスウェットを着て彼の前に現れ、しばし彼の隣で転がって「あちー」って言いながら涼むんだ。

そして、

「今日はスイカを買ってきたから冷やして食べようね」

って言うと、彼は「やったー」って喜んでくれるんだ。

それから簡単に夕飯の支度をしたあと、おつまみにするチクワにキュウリを詰める。

これは買ってきた枝豆と一緒に晩酌に供される。缶ビールをグラスに移し(こればかりは、缶から直接飲むより絶対に美味しいと思う)、何に対してかよくわからないけど乾杯をして、気持ちのいい一杯をいただくんだ。


いつもと変わらない、狭いアパートでのふたりの暮らし。

でも、ちょっと変わった。私と聡太さんは、ただの恋人同士から、今後を生きていくパートナーとして認定しあったわけだ。

だから、私の道はもう決まった。

会社で翻訳をして、多分時々翻訳するための本を探しに海外に出かけて(私はまだそれはやらせてもらってないけど、いずれこの会社に所属していれば機会が回ってくるだろう)、家では小説を書いて、そしてこの人とご飯を食べて一緒に寝る。それはとても幸せなことのように思える。


こんな素敵な人生。

過ごさせてくれてありがとう。一生、嫌と言われても絶対、ついていくから、覚悟しておいてね。


少し酔った彼は、私をそっと抱き寄せて、頬に頬ずりをした。

「可愛いなー」

今日はご機嫌だな。ニコニコしてスリスリしてくる。私も同じように、頬をスリスリし返す。

「可愛いなー」

私の口からもそんな言葉が出てくる。

それから、意味もなくふたりで頬ずり合戦をしたあと、チュッとキスをして「お夕飯食べようか」ってなるのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?