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秩父のシェルパ、おじいさんと父のはじまり

 私は、おじいさんというものに会っていません。父方も母方も早くに亡くなっていたようです。

 芝崎家の歴史は、父方のおじいさんが亡くなるところから始まります。
以下は、父からの伝聞で、ずいぶん前に聞いたのでうろ覚えですが、書いてみます。


 大正時代、お金持ちの人たちは秩父の山へ行き、趣味のハンティングをするのがはやったようで、そんな人たちが余暇を楽しむ場となりました。秩父の山の上の方に住んでいた私のおじいさんは、農業のかたわら、狩猟の道案内役である「シェルパ」も仕事にしていたようです。

 ある日おじいさんは、運送業を深谷の方で営んでいたお金持ちが狩猟しに来るというので、道案内するために一緒に車に乗りこみました。山奥に向かっていると、なにか無理をしたのか、途中車ごと谷底に落ちてしまい、車の中でおじいさんは亡くなってしまいます。

 父には兄弟が5人くらいいて、働き頭であるおじいさんを無くした家族は大変です。生活が苦しくなった一家が口減らしをするということで、その深谷のお金持ち・芝崎家が、兄弟のうち1人の子どもを引き取ることにしました。そこで引き取られたのが私の父です。大正14年生まれ、生きていれば96歳の人です。

 なんでも、「俺が行く」と5歳の父は元気に手を挙げたらしいのですが、「自分では覚えていないけどね」と言ってました。そんなわけで、山から街へ出て、深谷の家へ行きます。もらわれていった先の一家も、遊びにいったご主人が山奥で車の転落。無事だったのは良いが、案内の村人の方が亡くなってしまい、さあ、保証の代わりに(おまけに?)子どもを連れてきたとなるとおだやかではありません。引き取ったのはいいがどうするか……。ひとまずは使用人として受け入れたようです。

 さて、もらわれていった父も、楽しいことはそれなりにあったんだと思いますが、ぞうきんがけとか、食事の準備、風呂焚きとか色々させられたんだ、という話をしていました。「それにくらべてルミは良いなぁ、何にもしなくて(トホホ……)」みたいな小言はずっと聞かされました。深谷の主人は立派な人だったようで、頭が良くて気が利く父は重宝されたようです。車にも一緒に乗せてもらって仕事先に行ったり。早くから車の運転をさせてもらって、裕福な家だったからハーレーダビッドソンのバイクも家にあって乗っていたし(小学生ね。昭和初期)。「昔は運転免許なんてとらなくても警察が持ってきてくれたんだよ、時代だねえ……」という話はよくしていました。継母にあたる奥様にはいじめられたんだとか、飼ってた犬とはなかよしでよく遊んだねえとか。父の性格なのか、恨みに思うような感じはなく、楽しげに子ども時代について話してくれていました。

 そんなわけで父は山から降り、街で日々を過ごすのですが、時代は戦争に突入し、父は兵隊へ志願し、14歳で入隊します。父は頭が良かったらしく、当時のエリートたちが行く予科練に入隊、海軍飛行予科練習生となってその深谷の家を出ます。いわゆるゼロ戦に乗ることになるのですが、その話はまたのちほど。

 秩父の亡くなった実のおじいさんの家には、家督を継いだ長男が住んでいました。私が昔、そのおじさんに、子どもの頃の思い出をきくと、裏の土蔵には刀が入っていて、おじいさんのさらにおじいさんは、明治の初めには広い土地を持っていたんだけど、人の保証人になってそれら全部が取られちゃったんだとか、さらに戦争に負けて地主制の解体でほとんど財産が無くなっちゃったということを聞きました。

 秩父の家には私もなんどか遊びにいって、いとこの兄さんたち(2人とも今で言うイケメン、1人はなぜか目が青い)とあそんでもらったりしました。たしか蚕も飼っていて、夏休みに2匹くらいもらって帰った記憶があります。静かになったかと思うと繭になり、ちょっと忘れた頃に蛾になって、白っぽい体を乾かし、しばらく経つと飛んでいってしまいました。秩父では、セミの抜け殻を拾ったり、手作りのこんにゃくや、またその場で粉から打ってくれるうどんやそばがたいへんおいしくて、そんなのがいい思い出です。

 深谷の家も秩父の家も、よく考えればそうなんですが、おじいさんが事故でなくなり、父がそんな生活をしてきたので、遊びに行った小学生の私はそれぞれの家で、とてももてなされたんだと思います。父の代わりに、たっぷり恩恵を受けてきました。

 後年、それから20年くらい経って、あることがあって秩父の土地の歴史をしらべようと私は一人で旅行しました。椋神社、武甲山、気持ちいい景色。
 中心となるはずの武甲山は、頭のほうをごそっと失ってしまっていて、悲惨な姿でせまってきます。西武秩父駅の売店で、鮎の塩焼きをたべながら、これからどうしようか、と思っていました。

 自分の範囲以外の昔のこと、歴史を乗り越えることは、なかなかむずかしい。
 芝崎家はいろんなところで、過去の歴史の影響があるようです。そのころは分かっていませんでしたが……。

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