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マンチェスター(英)のゲイビレッジ内にある美容室で私が頭をスキンヘッドにした話

 タイトル通りの内容です。

 私は2016年から一年間、イギリスのマンチェスターに留学していました。大学院で私が選択したコースは思っているより自由度は高いものの、その自由さがなかなかの曲者で、他のコースメイト同様、「あああああ」と真夜中に叫びだしたいようなストレスを受ける日々が当時は続いていました。

 それでふと気づくと、頭にハゲができてしまったんです。しかもどんどん大きくなる。

 こりゃどうしたもんかな、と最初はヘアバンドで隠したり、現地の通販で、色とりどりのカツラの中から黒くて無難そうなのを選んで購入したりしてごまかしていたのですが、もういよいよ自分の髪の毛が中途半端な量になってきたときに、

「うし、剃ろう。全部、刈ろう。こうなったらスキンヘッドだ」

と決断しました。

 まあ、剃るだけなので、美容室だろうが床屋だろうが、どこでもいいと言えばいいのです。私が住んでいたのは、"curry mile(カレー・マイル)"と呼ばれるアラブ人街の近くのアパートだったのですが、そのカレーマイルにも美容室はいくつかありました。大学院近くの路地にたたずむ盛況な床屋も、バスから何度も見たことがありました。ですが、たまたま会った日本人の学部生の女の子たちに評判という美容室がゲイビレッジにあると言うので、私もそこに行くことにしました。アジア顔の女の子たちにも似合うヘアカットができて、アジア人にも優しかった、というのは、やはり少し不安な気持ちを抱えた私に安心感もたらしてくれたからです。

 ゲイビレッジは、大学と、街の中心街の間に位置しています。大通りに面していているので、夕方バスに乗っていると、そちらの方へ、網タイツを履いたおネエさまたち(ゲイのパフォーマーたち)が、高いヒールをカッカッと鳴らしながら、西日を背に浴び、出勤していくのが見えます。毎夜ショーを行っており、私も一度、ゲイビレッジ内のバーに遊びに行ったのですが、そこにもたくさんのゲイの方たちとそうでない方たちがお酒を飲みに来ておりました。ただ、夜のにぎやかさとは反対に、平日の午後などは、マンチェスターの特徴的な赤レンガの建物がひっそりと建っているだけの場所です。

 そんな昼間のゲイビレッジの奥へと、その日はちょっとドキドキしながら進んでいきました。大通りからも見える劇場の裏の小道を二度ほど曲がると、サロンの目印と言われていた小さな看板がありました。細い階段を上り、ドアをそっと開けると、二席分のカット台が置かれたお店には、私の他誰も見当たりませんでした。

「こんにちはー」

呼び鈴などもないので、お店の人を呼びます。すると別室から出てきたのは、ものすごく細身で、金髪に薄いブルーの瞳を持つお兄さんでした。

「ご予約のルコさんですね、こちらへ」

事務的に言われ、まあ、フレンドリーではないけれど、嫌な感じもしないな、と思いながら、私はカット台へと進みます。

「さて、じゃあ…」

正直、あまり最初の会話は覚えていません。全部剃ってしまっていいのね、残っている髪の毛は何ミリで剃る?など、必要最低限の会話だったと思います。

私の記憶がはっきりしてくるのは、髪を剃る体制になった時、お兄さんの着ていたシャツが、真っ青の総レースのシャツだ、と気づいたあたりからです。しかも大輪のバラ柄。なんと、その下には何も着ていない。乳首が見えそう、というか乳輪は常時見えとる。

鏡に映るお兄さんと目が合ったのはその時です。

お兄さんはとても気遣わしそうにしていました。それまで機械的だと感じていたのに、目が合うと、ちょっと心配そうに、私を見ていたのです。

バリカンの音がして、半分くらい剃ったあたりで、それまで全然平気だったのに、急に、涙が出そうになりました。泣くなんて。私が決めたことで、仕方ないことじゃないか。泣いたらお兄さんを困らせてしまう。それよりお兄さんのシャツのこと考えよう。このシャツ、私は絶対に着れない。普通、この下に黒いインナーとか着るんじゃないの?だってレースって言うか、めっちゃでかい穴空いてるよ?肌めっちゃ見えるよ?ちょっとかがんだら、穴から乳首まるごと見えるよ?薔薇の中心からこんにちはーってなるよ?そもそも原色に近い感じの青だから、私には色の時点で着こなせないけど。どこで買ったんだこのシャツ。あと、この人はゲイビレッジに美容室を構えていらっしゃるけど、おネエさん(心は女、身体は男)?お兄さん?どっち?

"You know, you are very brave"

あなた、とっても勇気があるわ。(オネエ言葉にしたいわけじゃなくて、とても柔らかく言ってくださったので、日本語訳にするとこんな言い方)

そういってお兄さんは、ニューヨークでいろんな芸能人のカツラを作ったことがあるという経験を話してくれました。レインボーのユニコーンカラーのカツラはうっとりするほど美しくて、こんなに長かったんだから、とか。スキンヘッドで有名な女優さんの名前を出して、え、知らない?じゃあこの人は?なんて、話しながら、みんなとっても美しいという話をしてくれました。

私の涙は、髪が全部剃り終わっても、流れることはありませんでした。

お会計をして、ばいばい、とお兄さんが指をしゃらららんっと折り曲げるように手を振ってくれました。ありがとうございました、と少しまだドキドキしていた私は、無難に返すことしかできませんでしたが、今思い返すと、本当にあのお兄さんは優しかったです。この文章を最後書き終わるまで、あの美容師さんをお兄さんと言って差し支えないのか気になりはするのですが、今もあそこでご活躍かな、と時折思い出します。

#エッセイ  #留学 #思い出 #イギリス #マンチェスター #ゲイビレッジ #スキンヘッド

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