小説「よりそう~手帳と万年筆のちょっといいはなし~」第73話
いつもお世話になっているカフェ『キムン』のマスターのお子さんが東京に来ている、だけど、そのマスターは会いたいけど動けない。(分かれた奥さんとそう約束しているから)
代わりに結城さんといっしょに探しにきた開発者向けカンファレンスでとうとう息子さんであるたかしさんと二人で話ができるところまで来た。
まず入り口でアイスコーヒーを二つ注文。受け取る間にたかしさんが席を確保してくれていた。
二人用の机はちょっと狭いが、二人でじっくり話すには良い場所だと思う。
「お金を払います」と言ってくれたが、「よんだのは自分なので」と軽くお断りを入れる。すんなりとひいてくれたので二人で席に座り、お互いストローでアイスコーヒーをすすった。
はーーーー っと大きく呼吸をして
「改めて、自己紹介します。雲川龍馬といいます。実は全然エンジニアとかではなくてむしろ営業系の仕事をしています。
会社がちょうど「キムン」、新田さんがやられているカフェの近くにあって、仕事で悩んでいた時とか新田さんに助けてもらったというだけの関係性です。」
「あ、はい。ありがとうございます。ご存じかもしれませんが、若林です。おっしゃられたように、新田は血のつながり的には父ですが、俺的にはもういない人です。」
そういって、少し寂しそうな表情で視線をアイスコーヒーに落とす。ストローで氷をくるくるしている。
「余計なお世話になるのはわかっているのですが、どうしてもと思いまして。あ、さっき一緒にいた自分の連れの人は新田さんが修業時代のカフェのマスターのお孫さんなんです。
新田さんは今も昔も手帳にあなたの子供頃の写真を入れています。自分も見せていただきましたが、ちょっと色あせていましたけど、とても大切にされていることが分かりました。」
「そうですか。あの人が出ていったのはそれでも高校生くらいだったので、そこまで親にぴったりということはなかったんで、ショックはそこまで受けなかったですけど、俺たちを捨てた人だとずっと思っていました。何も言わずに急にいなくなって」
「そうだったんですね。正直自分も急に北海道から東京に出てきた理由とかは聞いちゃいけない気がして聞いていません。でも、個人的な印象としては自分のためだけにそういうことをするタイプではないと思っています。」
「陶酔してますね」
「かもしれません。少なくともカフェでの新田さんはプロだなと感心させられるところが多いので。30近くになって仕事で伸び悩んでいるときにプロの仕事を見せられて、文字通り魅せられた感じがしました。」
「そうなんですね。自分の知っているあの人はそういうタイプではなかったですよ。気の弱いおやじって感じでした」
すこし、警戒心が解けてきたのかもしれない。
個人的な興味もあるけど、昔の新田さんの話も聞きたい、そうおもっていたのだが、若林さんが語った一言がずしりと刺さった。
「おれが、新田じゃなくなったとき、あの人は、俺の中でいないことにしたんです。」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。すこしでも気に入っていただけたら、続編を書くモチベーションになりますので、スキをお願いします。
また、過去の内容を取りまとめ加筆修正したフルバージョンを作りました。ご興味があればちょっと覗いてみてください。(大分本編と開いてしまったけど)
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