『下界の神様奮闘記』第6話「天国から地獄へ」


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 俺もこう見えて一応神様である。何が起きたのかくらい、一瞬で把握出来た。


「神山さん、私が……」


「うん、わかってる。……やってしまったんだな?」


 ただでさえ、下界で起きる事に対して、そこに神様が意図的に力を加えることは、天界では最もやってはいけないことの一つである。そこに情を入れてしまうなど、以ての外であった。


「何があったのか、落ち着いて説明してくれ」


「下界で、一匹の猫がトラックに轢かれそうになりました。それを人間の女性が助けようとしたのですが、このままだとどちらも轢かれて死んでしまう。それをどうしても見逃すことが出来なくて、ついトラックの走る軌道を右側へ変えてしまいました……」


 結果的に猫も人間の女性も、またトラックの運転手もほぼ無傷で済んだ。

 しかし、神楽がトラックの走る軌道を意図的に、神の力を利用して変えてしまった。つまり、下界で起きるはずだった事実を、神楽が意図的に捻じ曲げてしまったのだ。

 しかも、そこに情を入れてしまったのである。下界では大事にならず無事で済んだものの、我々は……。


「神楽、お前は優しい奴だな。下界では優しい奴はモテると聞く。まぁ、残念ながら優しいままで終わってしまう奴もいるそうだが。しかし天界では事情が違う。優秀な神楽なら分かるよな? 神様、とりわけ区域担当神の仕事は、あくまで人間を含めた下界の生き物の運命を気まぐれで決定するに過ぎない。たとえ生命が脅かされていたとしても、たとえ不幸が訪れたとしても、それらは成り行きでなければならない。神様が介入することなど御法度だ。しかもそこに情を入れたとなると、さらに罪が重くなってしまう。区域担当神は、下界を裁く天界の裁判官のようなものだからだ」


「本当に申し訳御座いません。特に神山さんには多大なご迷惑をお掛けすることになります……」


 緊急のことが起きると、上層部がやって来るシステムになっている。良くできた仕組みだ。間もなくして神谷チーフがやってきた。


「神山、神楽、行こうか」


 神谷チーフも状況を察しているようだ。普段は飄々とした性格の神谷チーフも、今回ばかりはその性格を見て取ることは出来ない。それくらいの大きな事態なのである。


「覚悟は出来ています。神谷チーフ」


 連れてこられた部屋には、普段は滅多にお目にかかれない上層部が集まっていた。マジかよ緊張するな。


「事情は把握しているよ、神山くん、神楽くん。神楽くんは優秀な新神だと聞いていた。期待の新神ってわけだな。ベテランの神山くんなら、私が言わんとする事が分かるだろうね?」


 おそらく一番偉いであろう、鳴神さんが問いかける。神オブ神である鳴神さんは、日本のすべての区域担当神を司る神様である。老若男女問わず全ての神様の憧れであった。例に漏れず、俺も正直、話しかけられて嬉しい、ドキドキする。こんな状況なのに。


「はい、覚悟は出来ています」


「本来、今回程の事態は特に罪が大きく、したがって問答無用で下界に降りてもらうこととしている。しかし、神山くんも知っての通り、最近の天界は高齢化が進んでいるね。故に、若手の新人の教育に力を入れている。その事情もあり、数年前から若手のミスは全面的に教育担当神の責任としている。ここでもう一度問おう。神山くんは、私が言わんとする事が分かるね?」


「……私が責任を負い、下界に降ろされる。という認識でよろしいでしょうか?」


 と自分で言いつつ、しかし、言っても俺は長く区域担当神を務めている。ここはお情けでお咎めなしということにならないかなぁ……。下界年齢でいうと50歳超えてるし、定年までそう長くない。

 そもそも50過ぎのおっさんが突然下界に降ろされたところで、どう生活していけばよいというのか。

 よし、ここは一つお咎めなしということで……。


「……うむ。その認識でよろしい」


 うん、そうだよね。情に流されるのを嫌う俺が情に流されるの意味分からないし、なんならさっき、覚悟出来てます的なこと言ったしね、うん。OKOK。うん。


「神山くんは区域担当神を長年務めてきた功績がある。それは大変素晴らしい。しかし、規則は規則だ。規則を破るというのは神としてあるまじき。したがって、神山くんを下界に降ろす手続きを開始する」


 急に、色んなことが走馬灯のように駆け巡る。あ、走馬灯って死ぬ間際だっけ。でも死ぬようなもんか。50過ぎのおっさんが急に下界に降ろされるなんて、死刑宣告されたようなものだし。残りの天界生活、それを終えれば悠々自適な生活。仲の良かった同僚やちょっと気になる女神。お父神のつまらない神ギャグ、お母神のおはぎ。色んなことが駆け巡る。天界でどう生きていこうか……。


 それからのことはよく覚えていない。神楽がひたすら謝っていたが、規則だから仕方ないし、まだ若いんだからしっかりと反省して立派な区域担当神になってほしい、的なことを言ったと思う。

 下界では、どこからどこかへ移動する時、荷物をまとめていると聞く。しかし、俺にはそんなものはない。天界の物を下界に持っていくわけにはいかない。つまり、手ぶらで下界へ落とされるのだ。ちょっとした旅行じゃあるまいし……。


「鳴神さん、神谷チーフ、本日までお世話になりました。神楽のこと、よろしくお願いします。下界でもたくましく生きていこうと思います」


「神山くん、下界でも頑張れよ。そうだな……、まずは「ハローワーク」とやらに行ってみると良い。下界の仕事が集まっていると聞く。神生経験豊富な神山くんなら、きっと良い仕事が見つかるだろう」


 鳴神さん、区域担当神という特殊すぎる業務しかしてこなかった50過ぎのおっさんですよ? 職歴0に等しいということですよ? お仕事なんて見つかるわけ無いでしょう……。


「神山、お前なら大丈夫だ。下界も良い所だ。余生はきっと良いものになる。頑張れよ」


 神谷チーフ、他人事みたいに……。あ、いや、他神事か……。


「では、いくぞ。」


 目の前が徐々に白くなる。モヤのようなものが視界をかき消していく。同時に体がふわふわと浮いている感じがする。一度虫垂炎で手術した際に、全身麻酔をかけた時のようだみ。眠くなってきた。なんだか気持ちが良い……。



 どれくらい時間が経っただろうか。眠い。体が重い。眠い目を擦り、徐々に視界が開けてきた。辺りは暗かった。夜だろうか。


「……丈夫ですか?」


 声が聞こえる。下界だから人だろう。女性のようだ。


 嗅覚も徐々にはっきりとしてきた。


「臭っ!」


 そばに立っている電灯の光を頼りに自分の姿を見た。大きめのゴミ箱に入っている大量のゴミに下半身が埋まっている。


「降ろす場所よ」



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