『下界の神様奮闘記』第31話「神様とこの街➁」

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 次の休日、凪沙ちゃんと俺は神鳴山へドライブに行くために準備をしていた。一応晴人くんも誘ってみたのだが、なんとなくつまらなそうという理由で断られてしまった。まぁ、目的がある凪沙ちゃんはともかく、晴人くんのような若人が山へドライブなんてつまらないと感じるのも無理はないだろう。実は俺も初めてなんだけどね。


「神山さん、準備出来ましたか? 私はバッチリです! あ、神山さんの画材も用意してますからね!」


 忘れてた。俺も絵を描くんだった。絵を描くなんていつぶりだろうか。天界模写大会で筆を握ったあの日以来だろうか? はたまた、まだ結婚してた頃に子供とお絵描きごっこをした時以来だろうか? いずれにしても、もうしばらく絵を描いていないことは間違いなかった。大丈夫だろうか。


「細かい仕上げは家に帰ってから行うので、山頂では大まかな下書きと配色だけ行います。それでも、時間がどのくらいかかるのかは分からないので、一応お弁当を作っておきました。お昼時になったら食べましょうね」


「凪沙ちゃん、料理も出来るんだね」


「昔はお母さんとよく料理してたんですよ。学生になってからはあまりやらなくなりましたけどね」


「凪沙ちゃんはいいお嫁さんになりそうだね。何でも出来るし」


「もー、神山さんったら! 褒めても何も出ませんよぉー」


 天然なところはさておき、本音を言ったつもりであった。こんなに良い子を男が放っておくわけがない。悪い男には騙されないように。それだけが俺の願いだ。なんだかお父さんみたいだな。


「さて、準備も出来ましたし、そろそろ出発しましょうか!」


 凪沙ちゃんと俺は車へ乗り込む。この車は、この間繁華街に行った時に乗せてもらった、凪沙ちゃんのお父さんの車である。凪沙ちゃんもいつかは車を所有したいらしい。いかついスポーツカーとか買わなければ良いが。


「良い天気になって良かったですねー! 昨日が結構雨降ってたので、どうなるかと思いました。雨降ってるとせっかくの山頂からの景色も台無しですからね」


「結構降ってたよね。雷もなってたから、すき焼きもソワソワしてたよ」 


「怖かったんでしょうね。あの子、雷なんて初体験だっただろうし」


 車内では音楽がかけられている。なんでも、最近流行りの歌を集めたものらしいが、50過ぎのおじさんにはなかなか共感し難い歌詞ばかりであった。愛だの恋だの、会いたいだの離さないだの。どれも似たようなフレーズやメロディを羅列した曲ばっかりで、深さがなく心に響かない。深さよりもわかりやすさを求めるらしい若者にはウケるだろうが。


 しかし、下界のアイドルはかわいい。なんとか坂だったかな? あれはみんなかわいいと思う。この国のアイドルのシステムは良く出来ていると感心する。天界にも似たようなアイドルグループはいたが、顔と名前が一致しないどころか、全員同じような顔に見えてしまったものだ。


「そういえば最近、うちの居酒屋に面白いお客さんが来るようになったんですよ。今では常連さんになりつつあります。登山が趣味で、神鳴山にもよく登ってるみたいですよ」


 最近のカルチャーについて考えていると、凪沙ちゃんがそんな話を始めた。


「あぁ、あの少し年配の方か。たしかに最近良く来るよね。渋い雰囲気出してて、かっこいいおじさんって感じの」


「あ、やっぱりそう思います? あの雰囲気、良いですよね! 神山さんとは違ったかっこいいおじさん像というか」


 なんか少し蔑まれてる感じがしたが、なんせ凪沙ちゃんは天然なので、気にしないことにした。気にすると悲しくなるから。


 そんな話をしていると、神鳴山の麓あたりに着いた。ここからしばらく車で登ると駐車場があるらしい。


「昨日の雨で道が少しぬかるんでいますね。少し速度を落として走ります」


「気を付けないとぬかるみに嵌っちゃいそうだねこれは」


 しばらく車で登ると駐車場が見えてきた。晴れた休日ということで登山客で賑わっている。車を停め、画材を抱えて受付へと歩き出す。神鳴山は雪が降りにくい地形となっているらしく、一部分を除いて冬でも登山できるようになっている。この時期は、冬の景色を求めて多くの登山客で賑わうという。


「今日も賑わってますねー! 地元の方が多いので、知った顔もたまに見かけますね。あ! あそこにいるのは……」


 おもむろに凪沙ちゃんが指をさす。その方向を見ると、俺も知っている顔があった。さっき話していた、どこか渋くてかっこいい雰囲気を醸し出す居酒屋の常連さんだ。


「こんにちはー! 登山に来てたんですね! ちょうどさっき話をしてたんですよ!」


「お、凪沙ちゃん! 偶然だね、こんな所で会うとは。なんか、私の良からぬ話でもしてたのかい?」


「まさか、そんな! かっこいい雰囲気のお客さんですねって話をしてたんです。褒めてましたよー!」


「それは嬉しいね。隣りにいるのは……、たしか従業員の方か。こんにちは」


「こんにちは。いつもお世話になっています」


「あ、ちょっと車に忘れ物しちゃったので、先に待機所へ行っててください!」


 そう言って凪沙ちゃんは車の方へ走り出す。


「凪沙ちゃんは今日も元気だね。実に良いことだ。若者は元気が一番だからね」


「そうですね。もっとも、彼女の場合、もう少し落ち着きがあっても良さそうですが」


「はっはっは。それもそうだね。いやー、しかし、君も最近はどうだい? 心身共に健康かい?」


「自分では元気なつもりですけどね。いかんせん年も年なので、色々とガタが出てきています。居酒屋でしか顔を合わせないのに、心配してくださってありがとうございます」


「いやいや、君のことは随分前から知っているよ。久しぶりだね、「神山くん!」」


「……え? なぜ名前をご存知なんです?」


「私は、君が下界に落とされる少し前まで天界にいた、神村という者だ。君はあんまり覚えていないと思うがね」



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