『下界の神様奮闘記』第19話「神様と猫④」

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 鳥居家にオス猫「すき焼き」がやってきてから一ヶ月ほど。食事の時間も定まってきて、トイレもきちんと決められた場所で出来るようになっていた。


 気がかりなのはトイレが俺の部屋のスペースにあること。肉食である猫のうんちは思いの外臭いが強く、消臭効果のある砂を使っているが気休めにしかならなかった。


 さらに、綺麗好きな猫はグルーミングを行う生き物だ。自分で自分をペロペロして身体を綺麗にする、いわば「セルフクリーニング」を行う。その際、毛も一緒に舐め取って飲み込んでしまうものだから、胃腸に毛玉が入り込んでしまう。

 だから猫は定期的に嘔吐するのだが、それも決まって俺の部屋で行うのも気になる。トイレはまぁ別として、吐く所まで定めなくていいんだよ? 


 腐っても俺は元神様。猫にまで舐められてちゃ、いつか天界に戻れた時にこのことを思い出して苦虫を噛むことになるだろう。ここはガツンとすき焼きに……、は通じないから、凪沙ちゃんに抗議を申し立てるぞ……。


「神山さん! すき焼き可愛いですねぇ!」


「う、うん……、かわいー……!」


 すき焼きが俺にバカにした表情を投げかけてきた。気がする。


 2ヶ月もすると、居酒屋でのバイトも苦ではなくなっていた。

 朝の仕込み当番の日と、住み込みで働かせてもらっている故の食器洗い担当を除けば、体力的にも余裕が出てきていた。休日は専ら本を読んだり猫の世話をしたりして過ごしているが、今度からは少しずつ行動範囲を広げていってもいいかもしれない。

 今は外出するといっても近くのコンビニくらいしか行かないのである。たまに凪沙ちゃんの買い物に付き合うくらいか。


 コンビニで思い出したが、下界のコンビニは凄いな。天界から見ていた分だけでは中の様子まで確認出来なかったが、中に入ってみると神もびっくり。商品の品揃えの豊富さはもちろん、宅配便や公共料金の支払いまで出来てしまう。コンパクト・シティかここは! と思ってしまった。


 加齢に加え、最近は運動不足と暴飲暴食で下界に来たときよりだいぶ太ってしまった。体力も落ちてきた気がする。元神様の名誉のために言っておくが、運動不足は自分のせいだとしても、暴飲暴食は明らかに「美味すぎる下界のご飯」が悪い。居酒屋のまかない然り、コンビニのご飯やお菓子然り……。特にこの日本は誘惑の多い国だ。俺は悪くない、俺は悪くない……。


 そんなことを思っていると、すき焼きが近寄ってきた。もうご飯の時間か。休日は時間が過ぎるのが早く感じる。


 何度もご飯を上げていると、与える分量をわざわざ測らなくても適量を与えることが出来るようになっていた。相変わらずそっぽを向かれることが多いが、それでもご飯の時間が近づくと近寄ってきてくれる。

 それを、最初はちょっぴり嬉しく感じていたが、最近では考え方が変わった。こいつ、俺を単に「ご飯をくれる人」と認識しているのではないか? 


 昔、下界で流行っている物を天界に取り寄せた時、その中に「スヌーピー」なる白いビーグル犬が載っている本が入っていた。その飼い主である男の子が、たしかスヌーピーから「餌をくれる男の子」と認識されていたような。俺はチャーリー・ブラウンか。


 最近は運動不足だし、すき焼きがご飯食べたら少し遊んでやるか。犬みたいに散歩は出来ないから、凪沙ちゃんからもらったヨガマットなるものを敷いて猫と一緒にエクササイズでもやってみよう。やり方は動画サイトで確認済みだ。


 すき焼きはご飯を食べ終え、グルーミングをしている。その間にヨガマットを敷き、軽く準備運動を行う。怪我だけは避けなければ。


 ヨガマットに横たわる。餌をくれるおじさんが、普段はやらないことをやり始めた事に珍しさを覚えたのか、すき焼きが寄ってくる。おじさんでもできるエクササイズのポーズを取ると、その周りをすき焼きが周りを物珍しそうに歩いている。これはなかなかいいのでは? コミュニケーションも取れそうだ……。


「神山さーん! 新しい絵を描いてみたので見てもらえますかー! ……あ」


「あ」


「にゃーご、にゃーご」


 仰向けで脚をM字に開脚し、その周りを猫がぐるぐる回っているという奇妙な光景を凪沙ちゃんがなんとも言えない顔で見ていた。


「姉ちゃん! また俺のアイス食っただろ! ……あ」


「あ」


「にゃーご、にゃーご」


 最悪だ。凪沙ちゃんだけでなく晴人くんまで。


「晴人、神山さんはお取り込み中みたいだから、ちょっとあっち行ってようか。すみません、お邪魔しました!」


 穴があったら入りたい、顔から火が出る、赤面の至り、紅葉を散らす……。


 恥ずかしいことを表現する慣用句が面白いほど出てくる。あ、「紅葉を散らす」は少女に用いる表現か……。まさに「恥の上塗り」だな……。


 そんなことを考えていると、さっきまで隣りにいたはずのすき焼きがいない。それに、何か
ちょっと臭う気がする……。


 臭いのする方向へ顔を傾けると、そこにはトイレで踏ん張っているすき焼きの様子があった。




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