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さくら 〜「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」より〜

『さくら』

 


「春太《しゅんた》、何見てんの?」

「ん?」

 ソファベッドに座っていると、キッチンの方から美乃《よしの》が呼んできた。

「桜」

「いや、ケータイじゃん」

 たしかにそうだけど。

 目の前にあるのは、窓ではなくスマホの画面。
 その画面は彼女からだと僕の身体で見えない。
 少し猫背気味に見えたのだろう。
 彼女は持ってきた僕のマグカップを机に置くと、軽く背を叩いてきた。

「……あ、ほんとだ。桜だ」

「でしょ?」

「いつ撮ってきたの?」

「んー、と……。先週末、だったかな」

 画面には桜が大写しになっている。
 先日撮ってきたばかりの夜桜の写真だ。

 週末に出歩きたくなかったのもあり少々のまとめ買いをした、その帰り道。
 毎年綺麗にライトアップされている桜並木の下を通った時に撮った。
 整備も良くされているけれど、ここでは宴会とかが開かれることもない。
 静かな桜を撮るにはうってつけの場所だった。

 我ながら巧く撮れていると思う。
 最近のスマホは写真素人の僕みたいな人間でも、それらしく写せるから嬉しい。

「ちょっと編集してみようと思って」

「何よ。映えでも意識してんの? やったことあった?」

「とくに」

「気まぐれ的な?」

「ざっつ・らいと」

 なーにがよ、と言いながら彼女は甘いカフェオレをひとくち飲んだ。
 市販のインスタントのモノに、さらにミルクを追加しているヤツだ。
 僕には少し――いや、結構甘すぎる。

 そんな甘党な彼女が僕のために煎れてくれたブラックコーヒーをいただいていると、美乃はこちらの方に身を乗り出して画面を見つめ、うっとりとした口調で呟く。

「いいよね、桜って」

「そうだなぁ……」

「アタシっぽくない?」

「……え」

「そこで黙るっておかしくない?」

「いやまぁ、たしかに桜色の小物を良く持ってるのは見るけどさ」

 桜っぽいというのを、彼女はどう捉えているのか解らないけれど。

 でもなぁ。

 ――桜の花言葉って、『優雅な女性』とか『お淑やか』とかだよ?

 どちらかと言えば、美乃って元気なタイプだと思うんだけど。

「ねえ。何か言ってよ」

 沈黙を許してくれない美乃。

「美乃はさ――」

「『桜より綺麗だよ』は受け付けないから。……嬉しいけど」

「そっスか」

 おかしなカタチで出し手を封じられてしまった。――でも、嬉しいんかい。

「『桜っぽくない』の真意を訊きたいの、アタシは」

 そうだろうな。
 もちろん、理解は出来る。
 自分ではそう思っていたものを、僕に否定されるのは、そりゃ納得がいかないことくらい。

 でも――。

「だってさ、桜ってすぐ散っちゃうでしょ」

「うん。……それが?」

「美乃は、ずっと……さ。その」

「何よ。『ずっとカワイイ』って?」

「……ハイ」

 そうですよ。ただのノロケみたいなモンかもしれないけど、そう思っているんだから仕方ない。

「……許すっ!」

「ぐぇ」

 お気に召したらしい。
 思いっきり首根っこに抱きつかれて息が止まりかける。

「ん」

「んむ」

 そのままキスをした。

 

 

               ○


 

 
「ね」

「うん?」

「アタシも、桜見に行きたいんだけど」

「……じゃあ、買い物のついでに行く? 暗くなってからがいいかな」

「うん」

 キスの後だからか、少し艶っぽい視線をこちらに寄越しながら肯く美乃。

 その姿は、たしかに桜だった。

 今度はこちらから抱きしめる番だった。

「……どした?」

「これから、《《毎年いっしょに》》見に行こうな。桜」

「……うん」

 

 

 

 

 

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後書き・解説

 ということで、本日・3月27日、さくらの日にちなんだ短篇を置いてみました。

 このお話は、私が『カクヨム』で掲載している「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」に本日追加したエピソードになります。

 これ以外にも20話程度あります。

 全篇、基本的に短いです。短篇集というか掌篇集と言った方がいいかもしれないですね。 

 もしよろしければ、そちらにも遊びに来ていただけると幸いです。

 

 note にもこんな感じで載せていく予定なので、今後ともよろしくお願いします。


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