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作品集

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ネット物書き・御子柴流歌が書いたモノを集めてみました。
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#短篇

げんきをだして 〜「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」〜

『げんきをだして』       なんだか、今日はとくにいそがしそうに出ていった。  お勤めはボクの方が遅いので、たいていは見送る役目。  いってらっしゃいの声は届いただろうか。  せめて、できる限り、今夜はゆっくりできるようにしてあげよう。                    ○      もう真夜中。  1日は短い。  小さな足音。  間違いない。  帰ってきた。  いつもやさしいあなたに、今日はちょっとだけサプライズをあげる。  目の

亜麻色アルバ 〜短篇〜

『亜麻色アルバ』 流れるプールで漂っているような、心地のよい揺れが身体を包んでいる。  ゆらゆら、ゆらり。  目を閉じていればそのまま深い眠りに落ちていきそうな、ゆりかごのような安心感だ。  ——いや、今もうすでに目を閉じているのだけれど。 「……ん?」  どうやら、朝、らしい。  窓の外は明るい。明らかに明るい。どう考えても、いつもより明るい。  寝ぼけたアタマに鞭を打つようにして、両の目を擦る。何度か瞬きを繰り返して、ようやく焦点が合ってきた。  なるほど

あなたがいれば ~好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集~

『あなたがいれば』  夕暮れ時。買い物帰り。 「『君さえいれば何もいらない』、なんて言葉があるけどさ」 「……どしたの急に」  怪訝な顔を隠すことなく見せつけてくる。  そりゃそうか。  TPOを考えろ、って話だ。 「わざわざそんな前置きをするってことは、そうじゃない、とでも?」 「それだけじゃ、なんとなく足りないよなぁ、って」 「へえ……。じゃあ、何があればいいの?」 「『君と、君が幸せであるという事実』? ……綺麗な言い回しが思いつかないけど、『君が幸せ

夜咄ヴァイオレット 〜超短篇〜

夜咄ヴァイオレット すみれ色のワンピースに身を包んだ女性が、反対側のホームで静かにたたずんでいる。  どこを見ているのか、何を見ているのか。  線路二本を隔てた先の彼女の視線なんか、こちらにはわかるはずがない。  そのはずなのに、何故だか知らないが、それが手に取るようにわかってしまう。  ——西に向かって立つ彼女は、来るはずのない明日の夜を思っている。  それは、ただの自己投影なのかもしれないが。  もう考えるのはやめよう。  ニンゲンを、やめよう。  目を閉じて、淀み始める

東雲システマティック 〜超短篇〜

東雲システマティック     東の空からは夜明けの報せ。  春の朝は次第に足早。  時々聞こえる大型トラックのクラクションは、それでもどこか眠気を纏っている。  そんな壊れ気味の時計にしたがって、まだ数少ない街ゆく人はいつも足早。  出始めた太陽に背を向けて、歩く先は駅とかだろうか。  こんな時間にどこへ行くの、ってそれは人それぞれ違うだろうけど。  少し冷えた部屋の中から、何も纏わずにそんな光景を眺めてみた。  ため息をひとつ、東雲に溶かす。  そのあたりに影が落ちた

「あちらのお客様からです」 〜短篇〜

   どもです、御子柴です。  今日は、いつもの短篇集からではないところからお話を持って参りました。   本篇  「あちらのお客様からです」  マスターが、カウンターの端に席を取っているあの娘へとカクテルを渡すのを確認しながら、俺は手元にあるジントニックを啜った。  ときどきこのお店のカウンターで、ひとり楽しそうな笑みを浮かべながらお酒を楽しんでいる女性。  キュートなえくぼと、まぁ、その、あれだ。  ……素敵なバストをお持ちでいらっしゃる方だ。  彼女が、少し

あめふりやまぬ 〜好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集〜

『あめふりやまぬ』   大粒の雨を降らせていた秋の空は、ようやくその手を緩め始めた。  通り雨くらいだろうと思っていたのだが、予想が甘かったらしい。これならもう少し室内にいた方がよかった。靴の中で濡れているソックスを足の指で少し弄った。 「ごめん、ケイスケくん。お待たせー」 「ううん、さっきついたとこだから」 「……ウソつきぃ、裾とか濡れてるもん」  あっさりとバレてしまった。 「バレちゃあ、しかたあるめえ」 「何それ。時代劇のつもり?」 「まぁ、そんなもん

エイプリルフール 〜「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」より〜

『エイプリルフール』   わ、私は……。  別に、アンタのことなんて。  何とも思ってないんだから!                     ○           「……これ、めっちゃ恥ずかしいんだけど!」 「いや、ちょっと待て」 「……なによ」 「オレさ、さっき『エイプリルフールなんだし、せっかくだからウソついてみろよ』って言ったよな」 「そうね」 「……今の、ウソなの?」 「…………ウソに決まってるじゃん」 「……そうか」

目は口ほどに 〜「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」より〜

『目は口ほどに』  「どうした? さっきからずっとこっちばっかり見てるけど?」 「……イヤ?」 「イヤではないけど」  今は信号待ちの最中だから別に問題はない。  歩いているときは前を向いておいた方がいいと思うのだけど、どうも彼女はこちらというより、確実に僕の顔ばかりを見ている。  ちらりと視線をそちらに向けると、逸らすというわけではない。  むしろさらに強烈に僕を、僕の目を見てくる。  視神経にまでつながろうとするような目力だ。  くりっとしたブラウンの瞳に吸い

忘却の彼方へ 〜「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」より〜

『忘却の彼方へ』    忘れてくれて、一向に構いません。  だけど忘れられるということは、たとえほんの少しだったとしても。  あなたの中に私が居た証拠。  ――今はもう、それだけで十分です。       ---------------------     後書き 今回も「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」に掲載済みの作品から持ってきました。  覚えていてもらえたということだけでも嬉しいことってありますよね、きっと。

心理テスト 〜「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」より〜

『心理テスト』  彼の手元には、どこから持ってきたのか心理テストの本がある。 「さてさて、問題です」 「どーぞ」  彼にとってはただの戯れなのかもしれないけど。  自分だけが訊いて終わり、みたいな.  そんな子供っぽいことを考えているんだとすれば。 「あなたは薄暗い夜道を歩いていましたが、突然後ろから肩を叩かれました。その人は誰でしょう」 「その心理テスト意味ないなー」 「え、そう?」 「……だって、いつでもあなたのことしか思い浮かばないもの」 -----

さくら 〜「好きな人に『好きだ』と言わずに『好きだ』と伝える短篇集」より〜

『さくら』  「春太《しゅんた》、何見てんの?」 「ん?」  ソファベッドに座っていると、キッチンの方から美乃《よしの》が呼んできた。 「桜」 「いや、ケータイじゃん」  たしかにそうだけど。  目の前にあるのは、窓ではなくスマホの画面。  その画面は彼女からだと僕の身体で見えない。  少し猫背気味に見えたのだろう。  彼女は持ってきた僕のマグカップを机に置くと、軽く背を叩いてきた。 「……あ、ほんとだ。桜だ」 「でしょ?」 「いつ撮ってきたの?」 「ん