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「つわものどもの夢のあと」

すべてはここから始まった

愛媛県愛南町にある高茂岬を訪れたとき、私はこの立看板に釘付けになっていた。ここに海軍の秘密基地があったことなど、地元の人でさえ誰も知らなかったのだ。こうして誰かが伝え、教えてくれなければ、当然私たちは知る由もない。

戦時中、ここに衛所があり、ここでこの海を守ってくれた兵士たちがいて、美しい海には、恐ろしい機雷が敷き詰められていたことなど、今となっては夢のような世界だ。

断崖を見つめていると、大勢の兵士が私に向かって敬礼をしているのが見えた。
その中心にいるのは、海軍少佐の藤村総一郎(28)である。
それは、ほんの一瞬の出来事であり総一郎も兵士たちもすぐに消えてしまった。

なぜ総一郎なのかと言うと、その時思い浮かんだ名前だったから。
全てを統括する優れた指導者の名に相応しいと閃いたから。

そこから私は動き始め、愛南町役場へ問い合わせをした。
「高茂衛所を背景にした話が書きたいんです。衛所の資料は残っていませんか?」

突然のことに、当時、役場の方は驚いている様だったけれど、快く対応してくださった。残念ながら高茂衛所の資料は残っていなかったものの、由良岬衛所など、幾つかの貴重な歴史資料を頂いた。財産管理課の方々、資料提供者の皆様には心から感謝している。

戦争を背景にした話を書くことは、私には不可能だと思っていたけれど、この一つの看板が、『書きたい』という潜在意識を呼び覚ましてくれた。
これはもう、書かずにはいられない。高茂衛所を舞台にした話、どんな話にしようか。登場人物など、ここで勤める兵士たちの姿を、私ならどう描くことが出来るのだろう。帝国海軍の有り様をどこまで書けるのか悩んだ。

「書く」と言うよりは「賭く」に等しい。

戦争を知らない私が、太平洋戦争を背景にした話をどうしても書きたいと思ったのは、美しい海に秘められた歴史と、その海を守る男たちの姿が浮かんできたことがきっかけだった。主人公の総一郎はきっと私に、美しい景色を心から美しいと思えることがどんなに素晴らしいかを伝えて欲しかったのだと思う。

日本の至る所に戦争遺跡は残されている。
「つわものどもの夢のあと」は、史実に基づいた高茂衛所での架空の話。
誰も知らない変貌を遂げた青い海、総一郎の生き様をどうか見届けて欲しい。

*7月13日よりSHOWROOM深夜0時に、作者自ら朗読配信中。
















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