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マドレ式対話の場作り手引き

マドレボニータの産後ケア教室は、ただの産後エクササイズのバランスボール教室ではありません。

①ボールエクササイズ
②コミュニケーションワーク
③セルフケアをお伝えする

という3部構成になっていて、今日はそのコミュニケーションワークの部分についてです。

私がマドレボニータの産後ケア教室を初めて受講した時、体を動かしたいのに何をやらされるんだろう・・・と思っていました。
その時のことを以前にもこのnoteで書いた事があります。
その投稿はこちら▶︎産後ケアとの出会い

実はこの対話のワーク、「マドレ式対話」とも呼ばれるくらい奥が深いものだったのです。「マドレ式対話の場づくり手引き」という冊子が作られているほど。

「ちょっと宗教っぽいかも・・・」という印象を持たれる方もいるかもしれません。
実際に私がそうでした笑
でも宗教というより、自分で選択していくものであり、ふか〜く掘り下げたい人、軽く参加したい人、さまざまです。
ただ、場を作る立場の人間としてとても重要なメゾットだし、知っていることで、自分と向き合い頭の中が整理できるツールでもあります。
でも1人ではできない。
P5~自分の言葉を聞いてくれる「他者」の存在が必要です。聞いてくれる他者がいるからこそ言葉を紡ぐことができるし、深く自分に向き合うことができます。本当に大切にしたい事に気づき、自分の足で次の一歩を踏み出していけるきっかけとなるの場。

では「どうやってマドレ式対話の場を作るか」という手法をまとめたのが「マドレ式対話の場づくり手引き」です。
その中から私が気になった所を抜粋していきたいと思います。



P7~あえて「場」を作る意味

野生の動物は、身を守るために「自分の身を隠し、相手の様子を観察する」というという行動をとります。同じように、わたし達は「自分の本音を隠し、相手の本音を探る」ということをしがちです。上司部下、夫婦、親子といった役割から話したり、常識や「べき」論と言った外側のモノサシで話したりするのは全て「身を隠す」のバリエーションだとも言えます。隠れながら、相手のことはじーっと観察しているわけです(笑)。お互いがそうしていると、当然ながら場はどんどん「安心」から遠ざかっていきます。一見盛り上がっているように見えるけれどなぜか疲れる、という時にはこういうことが起きている可能性があります。それほど私たちは自分を表現する事に恐れを感じ、一方で、本心ではそれを望んでいる生き物なんだと思います。だから、時間や場所を設定し、テーマやルールが共有された「場」をあえて作ることが必要なのです。
子供連れて支援センターや児童ホームに行くと、同じくらいの子供のママと知り合うきっかけになります。「生後何ヶ月くらいですか?」「もう寝返りしたの?すごーい!」「ジュースってもう飲ませてます?」「そのアイテムめっちゃ便利!」などなど育児に関する気になるあれこれ、情報も集められたり。一方で、うちの子より遅く生まれたのにもう寝返りしてる!うちの子の方が小さいけど大丈夫かな・・・とか不安になったり。
産後のママ達には大切なコミュニケーションの場だけど、なんかすごく疲れる。。。話の中心は子供で自分の話をすることってほとんどないことも。
産後ケア教室であえて「場」を作り、同じくらいに出産した母たちがいる中で、テーマやルールを決めて自分と向き合い対話するということは、またちょっと違った必要な大切な時間です。


P10~ 「共感」と「同感」の違い

「共感」とは「あなたはこう感じているんだね」と相手の考えていることや感じていることを知り、そのまま受け取ることを指します。この場合、焦点が当たるのは相手の考えです。自分がそれに同意できるかどうかは関係ありません。
一方、相手の意見に同意することは「同感」です。
「わたしの意見はあはたと同じだよ」ということですね。
この場合、焦点が当たるのは自分の考えです。
マドレ式対話では、聞き手は、話し手に焦点を当て聴いていきます。これが「共感を持って聴く」ということです。
たとえ自分にとって同意できない話であっても、「あなたが言いたいのはこういうことなんだね」「あなたはそう感じるんだね」と共感すること自体は可能です。「同意できるかできないか」の判断の前に、「まずは相手が伝えてくれることをしっかり受け止める」というプロセスが、マドレ式対話には含まれているのです。
産後ケア教室の対話のワークは相手が話した後、相手の話を短い時間で「要約」するということを行います。 ただのおしゃべりの場だと、「共感できないなぁ同感できないなぁ」という思いが湧いてきたりすることもあると思います。でも要約してもらうことで自分の考えを客観視できたり、要約することで「あなたはそう感じているんだね」という相手の話を共感して受け止めるという対話が成り立つのです。だからこそ「話す」だけではなく、「聴く」も大切なこと。
マドレ式対話ではさらに相手の曖昧な部分を質問したりオウム返しをしたりのワークがあったりします。
そうすることで話し手の気付きを促すサポートになります。


P20〜プログラムの構成と設定の工夫

オープニングのポイント「グラウンドルール」
ご参加者が自分の思いに向き合い、安心して話せる場にするために、前提として伝えておくとこやお願いしたいことを共有し、必要に応じて確認を取ります。安心して話せる場にするためのお願い
・赤ちゃんをみんなで見守る
・ここでの話はここだけで
・写真撮影とブログなどへの掲載について
安心して話すためには必要なこと。
湧いて出てきたことを「〇〇の耳に入ったら気まずいなぁ」と思いながら話せなかったり、SNSに書かれたら困るなぁとか意識してると本音で話せなかったり。このルールは自分の作る場でも大切にしていきたい部分です。



P24〜進行役のスタンス

マドレ式対話の場でもう一つ大切にしたいのが「対等性」です。進行役は先生でもアドバイザーでもありません。自らもそのテーマを大切に考える当事者の1人である、というスタンスだからこそ、対話が促されると考えています。そのスタンスを明確にするために、
・自己紹介の時に場を開くに至った個人的な体験を話す
・場に「良い/悪い」の尺度を持ち込まないように心がける
・シェアリングの際には話をよく聴くことを心がける。自分の意見を挟むときには、「これはわたし自身の考えですが」と、個人としての意見であることを明確にするなどといった具体的な工夫が考えられます。

私はインストラクターでバランスボールエクササイズを教える立場ではあるけれど、対話のワークでは「対等性」を大切にすることを忘れないでいたい。私がどんどん歳を重ねていくと産後の参加者さんは大体歳下になってくると思います。今は同じくらいの子育て世代かもしれないけど数年後には子育ての先輩になっていて、参加者さんの話すことや悩みにも自分なりの経験や考えが増えているのかも。そうなっても前にも書いた「共感」と「同感」の違いも芯に置きつつ「対等性」というスタンスはブレないでいたいです。


P23〜「210日ルール」の意図

マドレボニータが主催する対話の場では、子供の同伴は「生後210日まで」としています。そこには子供の人権を尊重したい、という意図があります。
個人差はありますが、生後210日頃から徐々に自力で移動できるようになり、構って欲しい欲求がはっきり出てくるようになります。これはとても嬉しい成長のサインですよね。でもそれが大人が集中して何かに取り組む2時間の場となると、大人は「集中したいのに全然できない」子供は「自由に動きたいのにさせてもらえない、構って貰いたいのにちっとも構ってくれない!」と、どちらもジレンマを抱える事になります。それは親の我慢不足でも子供のわがままでもありません。そもそもの環境設定に無理があるのです。「子供が泣いていても構わない」「静かにしているから大丈夫」という話でもありません。
眠い、お腹すいた、排泄したい、甘えたい、遊んで欲しい、といった声を我慢する事なく出せる、その要求にいつでも答えてくれる人がいる環境を用意することは子供にとっての安心を作ることであり、たとえば託児を用意する、託児先情報提供も含めて、考えてみてください。

第一子は哺乳瓶を嫌がる子で、生後6ヶ月を過ぎても母乳以外受け付けない頑固な子でした。母乳がよくて哺乳瓶だとこの世の終わりかくらい泣きじゃくる…。保育園に入る準備で哺乳瓶の練習をしていましたが、そんな姿みたらつい母乳をあげてしまいなかなか哺乳瓶では飲んでくれませんでした。
でも慣らし保育で3日目くらいにはビックリするほど順応していて、哺乳瓶でミルクを飲むだけでなく、保育士さんと楽しそうに遊び、預ける時なんて自分から進んで部屋に入っていくほど。
やっぱり6カ月頃から周りの認識力もついてきて社会との関わりが赤ちゃんにとっても良い刺激になるなぁと感じました。赤ちゃんを預けてまで自分のやりたい事やるのって…と気が引けてしまうかもしれませんが、そんなことはなく母にとっても子供にとっても必要な時間なんです。



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