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轍のゆくえ

狐と反撃弐

門前での戦闘

とある森上空。青々とした空…はなく、バケツをひっくり返したほどの大雨である。これは傘では防げまい。さらには遠くで雷が轟く。


「おい、ここなんだよな」
「うん。ここであってるよ。今日の天気のお陰ですぐに正確な位置が分かったし、中の構造も丸分かり」
「…大層な能力をお持ちで」

風を操り風が吹く場所なら、隠成はどこでもモノを感知できる。遠く離れた場所でも風さえあれば余裕らしい。今回もその能力にお世話になっているのだが、なぜだか腹立たしい。
 耳を抑えながら虚翠が忌々しげに空を見上げる。おどろおどろしい雲が今にも襲いかかってきそうである。

「今日にする意味があったか?」
「今日じゃないとダメだよ。だって、明日は今週で唯一の晴れ間。彼らの立場上逃げるしかないし、逃げるなら明日しかない。敵が逃げない安全性を重視するなら、今日仕掛けるしかないんだよ」

風の流れがどうとかこうとか述べながら、隠成は珈琲を飲んだ。雨風に晒されて中身は零れ、雨水が入り込んでいる。到底飲めたものではない。隠成の頭のネジが緩んできていると思わずにはいられない。
 しかし隠成は気にする様子はなく、躊躇いなく口をつける。

「うん、薄い!」
「分かってたろ」

呆れ返り、虚翠はため息をついた。ここから戦が始まるというのに、この体たらく。態となのか、それともそれほどの阿保なのか。前者だと思われるが、場を和ませるネタは考えた方がいい。

「冗談はここまでにしようか」

隠成が珈琲カップを手放すと、重力にしたがってそれは落ちていく。そして例の屋敷の屋根に当たり、湿ったような音を立てて割れた。
 次の瞬間。屋敷の窓から一斉に光の矢が放たれる。その数約500本。目測であるから数は不確定だが、相手も本気なのが分かる。

「おお。いきなり殺る気か?いいね、受けてやろうじゃねぇの」

どしゃ降りの雨で気分が落ち込んでいたんだ。ここは景気よく楽しくやらないと。気分が少し上がって、やる気が出てきた。虚翠は隠成の前に出て、狐火を出現させる。雨の日の炎。湿った空気で勢いよく燃えるはずもなく、雨を蒸発させて蒸気を上げた。まさに今にも消えそうである。

「ちょっとちょっと、翠ちゃん!消えかけてるんやけどー」

隠成外野の煽るような発言に、虚翠は黙れと一喝する。虚翠とてそれぐらいは理解していた。いつもなら悪手だと絶対打たない手である。派手さに全てを賭け、威力など当てにしていない。ただはったりをかけるための技。派手さに全てを賭けた。
 アタマにきているのだ。全然言うことを聞かない花見月に、好き勝手する旅蛍。それに、ウザイ程煽る隠成。何から何まで気に入らない。

「一度で燃えないなら、燃え尽きるまで炙ってやるだけだ」

雨に押し負けるなら、雨より強ければいい。簡単である。狐火の感情に伴って炎の温度はどんどん上がる。色は薄く、青によち近くなっていく。揺らぎ消えかけていた狐火は、まったく揺るがぬ不滅の炎となった。

「どんどん来い。持久力勝負だ。あんまり神を嘗めるでないぞ。小童ども」

虚翠は挑発的に口角をあげ、楽しそうに笑う。
 光の矢は炎に近づくにつれて、炎に融けかされ消滅する。それでも勢いは衰えない。次々に光の矢は放たれた。結果は分かっているというのに、何処までも一辺倒なヤツらである。虚翠は炎を盾にしながら、少しずつ歩みを進めた。全てを防げる訳ではないが、致命傷を追うこともない。"派手さ"重視。矢が腕をかすめ、血が流れるが無視をする。動じない態度が余計に恐ろしさを煽った。

 「き、貴様!止まらぬか!」

光の矢を構えながら、一人の戦士が声を上げる。威勢は立派なものだったが、手足は震えている。圧倒的戦闘慣れしていない若々しさを感じさせた。
 虚翠は目だけをその戦士に向ける。目と目が合っただけだというのに、勇敢な戦士は口から悲鳴を漏らす。圧倒的実力差を痛感し、目の前にいるモノが化け物にしか見えない。そして堰を切ったように矢を熱心にうち放ち始めた。それに従うように、周りの戦士たちも矢を放っつ。

「…無駄打ちか。甚だしい」

届くまでもなく、矢は消滅する。それを見ても、戦士たちは熱心に打った。それしか考えられなかった。どうすれば目の前の化け物が止まるのか、消えてくれるのか分からなかった。
 こうなると、困るのは虚翠の方である。軽く脅しただけなのに、この怯えよう。こっちが悪いようである。このまま力尽きるのを待ってもいいが、それでは婚姻が結ばれるやもしれない。花見月はお人よしすぎるし、コロッと騙されそうだ。心配しかない。兎にも角にも時間が惜しかった。

「ここは押し通るしかないか」
「あんまり暴れすぎないようにね。花見月くんに何かあったら困るでしょ」

分かっていると返事をして、戦士たちの目の前に降り立つ。一層距離が近づき、最も近くにいた戦士は顔面蒼白だった。尻もちをついて、歯をガタガタといわせて震えあがる。取って食ったりはしない。虚翠は言ったが、近づくだけでも恐ろしいらしい。

「これが妖なのか?…あまりに舐め腐ってないか」
「翠ちゃんが強すぎるんやよ」

焦げ臭い香りと鉄臭いニオイが混じり合う。用意されていた戦士はあまりにも質が悪い。本気で戦う気があるのか疑わしいところだ。取り揃えられた戦士は怯え切っていたのもあり、近づくだけで失禁してしまうモノもいる。正直言って拍子抜けである。
 虚翠は脅すだけ脅してほぼ全員気絶させた。援護でも呼ばれれば面倒ごとは免れない。

「残りはお前だけだが…」

唯一残しておいた戦士に声をかける。悲鳴を上げて、足をガクガクさせるばかりであるが。虚翠はため息をつくしかできない。できれば案内役を確保したかったが、これでは役に立たない。むしろお荷物になる。
 気絶させようと虚翠は直ぐ様殴る姿勢に入った。

「ちょっと、ちょっと、判断が早すぎない?少しはどう使うか悩んであげてよ」

そこに何を考えたのか隠成が割り込んでくる。邪魔するなと虚翠が言うと、隠成は口元に人差し指を持っていき有無を言わさず黙るように言った。お願いと隠成は虚翠の服の袖を引っ張り、子供が強請のを真似した。それをみた虚翠の表情は、それはそれは素晴らしいものであった。
 虚翠は黙り、隠成は満足そうに笑って戦士と向き合った。

「安心して。これ以上、君に手を出さないよ」

残された戦士は目を大きく見開いた。そして虚翠と隠成を交互に見る。まだ疑わしいらしい。それも当然のことである。隠成の言葉に大きく頷いてみせる。

「ただし、こっちの要求にこたえてくれたら、ね」
「よ、要求…」

戦士がのどを鳴らした。戦士の目は隠成を捉え、次の言葉を待っている。完全にこの場のペースは隠成の掌中に収まっていた。これから起きることは隠成の予測範囲を超えないだろう。
 隠成は適度に丁寧に、親しげな振る舞いをしながら、そっと戦士の心に寄り添う。影のように側に近づき、気付かれないように対象の懐を探る。そして情報を頂戴する。

「それでね、君に聞きたいことがあるんだけど…君たちの当主の部屋を教えてくれない?それにさえ答えてくれればいいんだけど」

他の質問には積極的に答えていたが、戦士はこの質問には答えず黙った。視線は下を向き、表情を読むことはできない。
 戦士が何も話さない間、隠成はニコニコと笑っていた。見物客になっていた虚翠は飽きてきて、欠伸をしそうになる。このまま小一時間経っても隠成は笑っていられるのか疑問だ。すでに何分か経っており、これ以上は時間の無駄のように思える。そろそろかと虚翠が準備運動を始めていると、戦士は顔を上げた。

「信じられないかもしれないが…
当主の部屋の場所は知らない。と言うより、誰が当主か知らない」
「どういうことだ?」

思わず虚翠が声を上げた。その声に戦士は一瞬言葉を詰まらせるが、自身を奮い立たせ話を続けた。

「…以前まで当主は一人だった。しかし先代当主が亡くなってからは、当主は何人も現れるようになったんだ。ある時は子供のような姿、大人の時もあったな。違う日には年寄りの時もあったし、赤ん坊のような時もあった」
「まさに七変化ってことやね。かなり難しい術やのに凄い」
「褒めんな。それに姿を保てていないのは下手ってことだろ」

七変化。姿形を様々に変化させる術で、意外と特徴を捉えるのがミソになる。情報を聞く限り、相当厄介なことになっているのは間違いなさそうだ。虚翠は頬を掻いた。誰が当主かわからないということは、あの当主と名乗っていた旅蛍は何者なのであろうか。本物の当主かはたまた名乗るだけの偽物か。本人に聞いてみなければ分からない。
 当主について述べてから、戦士は本題の当主の部屋について述べ始める。その話もまた信じ難いものだった。

「当主の部屋もまた同じように変化するんだ。昨日は当主がいた部屋でも、次の日には全く違う別人が住んでる。だから、皆混乱していしまっていて…嘘みたいな話なんだが、事実なんだ!だから…どうか信じてくれ」

虚翠と隠成は顔を見合わせる。お互いの表情を読み取って、虚翠はため息をついた。分かったと虚翠は返事をし、それを聞いた戦士は助かったとホッと一息ついた。
 そして虚翠に殴られ、意識が消失した。


 仕方なく真っ直ぐ本殿へと続く石畳を、隠成を連れて歩いた。ところどころに苔が付着しており、随分放置されていることが分かる。こんな場所に屋敷があるとは知らなかった。一歩踏み出す度に、水を含む何かの音がする。

「上も下も湿っぽいな。最悪だ」
「コラ、そんなこと言わないの。まあ森の奥だし、我慢しないとね。さっさと用事を済ませて出よう」

雨と森がざわめく音に混じって複数の息遣いが聞こえる。必死に息を殺しているようだ。足を止め、視線をそっちに向ける。数は十にも満たない。まだまだ未熟なようだ。ここにいるということは敵だろう。
 立ち止まる虚翠に、隠成が首をかしげ問うてきた。

「何かあった?」
「あー、そうだな…」

虚翠はじっと見つめ続ける。その視線の先には茂みがあって、隠成は何となく察した。そして何故かわざとらしく虚翠の尻尾を掴んだ。その瞬間、虚翠の身体が大きく跳ね、肘が飛んでくる。

「な、何すんだ」
「ここが弱いところは変わってないよね。幼いころと一緒」

アッサリと避け、ほれほれと隠成は尻尾を触る。悍ましくらいの寒気に襲われ、虚翠は素早く隠成と距離を取った。牙をむくと、あははと笑って隠成は虚翠の先を歩いていく。ふざける隠成の足を蹴りながら、虚翠はその後ろを歩いた。


屋敷内の戦闘


 やっとのことで入口にたどり着いた。道すがら何度か襲われたが、あっけなく返り討ちにして戦士たちは道に放置されている。優しく手加減などはしないのは当たり前だった。むしろ隠成はもっとやれと野次を飛ばし、遠足気分である。
 やっと準備運動になってきた虚翠は、入口に手をかけるがふと手を止める。複数の息遣いが耳に入ったのだ。玄関の戸は木製で内部の様子は分からない。もしかしたらワザと木製に変えたのかもしれない。面倒なことしたものだ。念のため警戒して、外から戸を蹴破ることにした。

「豪快にね。どうせ翠ちゃんは手加減を間違えて燃やすんだから」
「今はまだ燃やしてねぇし、これからも燃やすつもりはねぇよ」

苛立ちながら、虚翠はドロップキックを扉ごと打ち噛ました。思った通り罠だったようで、何人か兵士が待ち構えており扉の下敷きになっていた。少し楽ができたと喜ぶのもつかの間、物音を聞きつけた仲間の足音が聞こえだした。さっきは否定したが、次から次ともう燃やしたくなってきた。その方がきっと楽だろう。

「ねぇ、どうするん?両方とも屋内の戦闘に向かない。このままやったらハチの巣になるかも」

よっこらせとゆっくり立ち上がる虚翠に隠成は楽しそうに話しかける。これから屋内に入るが、その辺りはあまり考えていなかった。虚翠は服についた汚れを払いながら考える。
 このままいくと、進むたびに戦闘が起きる。それを二人揃って一回一回各個撃破していてはキリがない。

「おい、隠成。手分けする」
「うん。分かった」

隠成も同じ意見だったようで、虚翠の作戦に頷く。そしてそそくさと屋外に出て行った。
 ウザイのが居なくなったと少し気が楽になる。そして姿が完全に見えなくなった頃にふと気付いた。完全に迫りくる足音面倒ごと押し付けられたのだと。

「あぁ、面倒なこと擦り付けやがって…」

戦士に出会う度に屋外に出ていては面倒だし、時間がかかる。何をするにしても面倒に思えてきた。

「いたぞ!やれ!」

数人の戦士が襲い掛かってくる。一気に向かってきてくれるのは正直助かる。一度で済むから。

「「準備運動はそろそろ終えねぇとな」」





 真っ暗な空間にいた。前後左右どこも真っ暗で、目の前も見えない。しかしながらなぜか自分のこと、手や足は認識できた。不思議な空間は時間がたってもやはりそのままで、何か考えないと自分を見失いそうになる。
 花見月は自身の身体をペタペタと触った。全身の感覚は間違いなくある。視覚、触覚も恐らく問題はないだろう。嗅覚と味覚、聴覚はあるのかどうか分からない。この空間には匂いや音などがないのだ。

「誰かいませんか」

いつも通りに声を出す。自分の声が反芻して聞こえた。これで聴覚はあるということが分かった。しかし山彦のように声が響き続けている。

「もしもし」

もう一度声を発するが、自分の声が響くばかりで返事はない。誰もいないらしい。こんな奇妙な空間に一人。急な不安に襲われる。普段の賑やかさがより恋しくなる。

「バカ狐…」

恐らく天の辺りを見上げて言った。勿論、聞こえるとは思っていない。いくら耳が良いといっても限度があるだろう。花見月はそれでも期待を捨てられなかった。もしかしたら聞こえて、助けに来てくれるかもしれないと思いたかった。

「…聞こえるわけない…か。なにやってんだろう」

真っ暗な空間に居続けると気が滅入る。誰でもいいから助けてくれ。脳裏に暖かい体温を思い浮かべながら、花見月の声は小さくなっていった。
 ハッと目が覚める。見慣れない天井が視界に広がり、少し驚いた。身体を起こすと、埃にまみれた和室のような場所であった。クモの巣と穴の空いた襖。ボロボロの畳。どうみても手入れされていない場所である。
 どうしてこの場に来たのか、花見月は記憶を遡る。しかし思い当たらなかった。最後の記憶は、確か旅蛍の観光案内をしたところ。確かそこで旅蛍と…婿入りの話になって…それ以降は朧気である。隠成が居たような居なかったような、それで助けてもらった気がする。これも全て夢かもしれない。
 …了承してないよな?急に不安になった。何に対してかというと、旅蛍の妹との婚姻の話である。見たことのない場所にいるということは、最後の記憶と擦り合わせるならばここは旅蛍たちの拠点ということになる。つまり花見月自身が婚姻を結ぶという手筈になっているのだろう。こちらが了承しているのなら、断ることは約束を違えることになる。神の関係者としてどうなのかと思うので、感じることは各々だが避けたい。
 色々私情も交えながら考えると、どうにかしてその辺りを聞きたい。

「目を覚まされましたか」

急に声をかけられ、心臓が止まるかと思った。完全に一人だと思っていたのだ。花見月は動きを止め、思考を回した。聞いたことのない声であるから、旅蛍ではない。なら、旅蛍の仲間と考えるのが正解だろう。ここに花見月を連れてきたヤツら。そう考えると刺激を与えることは避けた方がいい。より緊張が高まる。

「そう固くならないで。私は敵ではありません」

優しく語りかけられる。花見月は意を決して、ゆっくりロボットのように振り返った。もし何か理解しえないモノであっても、動揺してはいけない。そのことが相手にとって不満にさせたら、こちらが悪いと責められ話の主導権まで握られる可能性も無きにしもあらず。

「おはようございます…といっても、朝ではありませんけどね」
「え?」

誓ったにも関わらず、花見月は動揺を隠せなかった。






 大人たちに隠れていろと言われ、子供たちは館の一室に閉じ込められた。大人たちの様子から、何かあったのは明白である。子供たちは元来好奇心旺盛。大人しくしていることなんてできなかった。部屋の出口は見張りがついていて脱出はできない。それならばと部屋唯一の窓に目を遣る。窓は子供たちの中で一番背が高い妖でも届かない位置にあった。恐らく届かないからと大人たちは油断していたのだろう。やりたいことがあるが、届かない。そんなときに役立つのは一族に伝わる羽である。

 子供たちは最近飛べるようになったばかり。それでもひとときなら飛べるほどには上達していた。いずれは、大人になるに連れて丸一日平気で飛べるようになる。
 一斉に子供たちは飛び立ち、何人か窓にしがみ付く。床きら窓へ何度か挑戦を繰り返した。結局たどり着けたのは数人のみで、留守番が大半。残りを部屋の中において、見事抜け出した数人は外の様子を探ることにした。
 大人たちはバタバタと忙しなく動き、子供のたちに気付く様子はない。普段自分たちを叱りつける大人たちの様子を見て、子供たちは目を輝かせる。あの大人をこれ程までに困らせるのは、一体何か。その正体を解き明かしてみたい衝動に駆られる。まるで宝さがしの冒険に出たかのような気分だった。


 あっちこっち行き、部屋の中を探すもそれらしき正体には出会わない。途中何度か見つかりそうになるが、タンスの影や押し入れに隠れ何とかやり過ごした。もう気分は熟練の探検家。どんな危険でも乗り越えられそうに思えた。

「侵入者たちを捕捉した!直ちに全員持ち場につけ!」

部隊長の号令に、皆大声で返事をする。そしてまた慌ただしく移動して行った。こっそり追っていくと窓の前に数人一グループで待機している。
 緊張感漂う中、一人の子供がソワソワと落ち着かない様子であった。物陰から外の様子を見ようとしているらしい。しかし窓近くに大人たちがいる所為で、上手く見えなかった。子供は遂に堪えきれなくなり、他の子供たちを押し退け大人たちに混ざって外を見た。

「わあ、綺麗な人だ!耳が生えてるよ!」
「そうだ。あれはちょっと行ったところにある神社の神様だ」

そうなんだと子供は呑気に返事をする。大人たちの間に数秒の沈黙が訪れ、皆一斉に混ざっていた子供の方を振り向いた。

「な、何でこんなところにいるんだ!」

子供たちに気付いた大人たちは一斉に騒ぎだす。それもそのはず。大人しくするように閉じ込めておいたというのに、あっさり脱出しているのだから。

 「まさか、出てきたのか!部屋で待ってろって言われただろ!」
「こんな緊急事態に黙って隠れていられるか!俺たちも戦わせろ!」

大人たちと子供たち。両者の論争が始まった。どちらも引かず、大人は子供を守るためと言い、子供は一族を守るためだと言う。お互い言いたいことを言うだけであった。

「落ち着け、お前たち。出てきてしまったものは仕方ない」

大人たちは大慌てしたものの、部隊長の一声で一斉に静まり返る。子供たちは何か言おうとしたが、部隊長に一睨みされれば黙るしかない。その場の全員が、部隊長の次の言葉を待つ。何十という瞳が部隊長を見つめていた。

「お前たちの言いたいことは分かった。丨子供《ガキ》どもは俺があとで何とかする。だから、お前らは敵に集中しろ。敵を討伐、捕縛することのみを考えるのだ」

鬨の声は凄まじかった。普段穏やかな表情の大人が、鬼の形相になっている。子供たちには恐ろしく映った。
 子供たちは屋敷の裏口から外に連れ出される。皆頭に立派な瘤を作りあげながら。泣きべそをかく子もいるが、お構い無しに部隊長は首根っこを一掴み力業で動かした。外に連れ出すなり、抱えていた子供を乱暴に落とす。

「いいか。お前たち」

部隊長は一人一人子供の頭を撫でていく。そして全員の頭を撫で終えると、親の顔になって言った。

「お前たちは逃げるんだ。子供には戦は重すぎる。出口は正面にしかないが、いざとなったら飛んででも逃げろ。いいな。何があっても戻ってくるなよ」
「…でも」
「どうか聞いてくれ。さっきの大人たちはな、みんな家族のために戦おうとしているんだ。お前たちの親はお前たちを守りたいんだよ…だから、どうか聞いてやってほしい。大人たちの我が儘を」

子供たちは優しく諭され頷く。部隊長はいい子だとまた頭を撫でた。大切に壊れないように、そっと。そして立ち上がると、そこには鬼がいた。もう優しい親の部隊長は居ない。そう感じさせる面持ちである。
 鬼は出口の方を指差し命令した。

「いいか、ここは戦場だ。誰が死のうとも決して振り返るな。ただ前を向け。いざ出陣じゃ!」

子供たちは一目散に駆け出す。振り返ることなく、ただ前を向いて駆け抜けたのだった。









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