「津波てんでんこ」の誤解②
今回は、京都大学防災研究所の矢守克也教授の論文『「津波てんでんこ」の4つの意味』を読み解き、「津波てんでんこ」とは何か、人々が誤解している点はどこかを見つけていきたいと思う。
https://www.jsnds.org/ssk/ssk_31_1_35.pdf
『「津波てんでんこ」の4つの意味』
この文書の中で、「てんでんこ」の意味が4つ書かれている。
まずは、第1の意味と第2の意味について書いていきたい。
第1の意味 自助原則の強調
(「自分の命は自分で守る」)
”「要するに、凄まじいスピードと破壊力の塊である津波から逃れて助かるためには、薄情なようではあっても、親でも子でも兄弟でも、人のことはかまわずに、てんでんばらばらに、分、秒を争うようにして素早く、しかも急いで早く逃げなさい。これが一人でも多くの人が津波から身を守り、犠牲者を少なくする方法です」(山下、2008)。
このように、「てんでんこ」は、少なくとも第一義的には、緊急時における津波避難の鉄則を表現したもので、その骨子は、自分の身は自分で守ることの重要性、すなわち、今日の用語で言う「自助」の原則で貫かれているように見える。”
”しかし、山下氏自身、著書の中で繰り返し注意を促しているように、この言葉は、大津波で家族、親族が「共倒れ」する悲劇に一度ならず見舞われてきた三陸地方の人びとがやむにやまれず生み出した「哀しい教え」(山下、2008)である。”
”「てんでんこ」の原義が、ここで言う第1の意味の線にあるとしても、単純素朴に、津波避難における「自助」の重要性、まして自己責任の原則だけを強調するものではない点には、十分な注意が必要である。”
そして、「『災害弱者』の問題をどうするのか」、とも問題提起がなされている。
東日本大震災時にこの問題は浮上し、避難困難者を助けようとした自主防災組織や消防団のメンバーが犠牲になり、住民は、
「人間、助けてけろって頼まれたら絶対行く。『てんでんこ』はできないって今回よくわかった」と切実な声を上げたという。
第2の意味 他者避難の促進
(「我がためのみにあらず」)
”まず、「てんでんこ」が避難する当人だけでなく、他者の避難行動をも促すための仕掛けでもあることが重要である。その鍵は「てんでんこ」に避難を開始した人びとが、周辺の多くの人びとによって認知・目撃され、前者が後者にとっての避難トリガー(有力な避難情報)となる点にある。”
東日本大震災発生時、岩手県の釜石東中学校の生徒は、「率先し避難せよ」の教えに従い避難を開始し、その行動が隣接する鵜住居小学校の児童の「避難トリガー」となった。
その「避難トリガー」によって地域住民も避難したのである。
2004年9月5日の紀伊半島南東沖地震においては、海岸部に位置する港町の住民が最も避難率が高かったが、2番目に避難率が高かったのは、港町の住民が避難場所まで行く経路として通った中井町の住民であった。
中井町の住民は、港町の住民の「てんでんこによる避難行動(避難トリガー)」によって避難を促進されたという。
また、人は外的環境の変化(海の様子がおかしい、など)や狭義の災害情報(テレビ・ラジオなどで警報を聞いた、など)よりも、避難する他者の存在(近所の人が避難しているのを見かけた)やその呼びかけ(町内会役員や近所の人から避難の呼びかけがあった)によってより強く避難を喚起されるというデータが出ている。
そして、集合行動に関する実験研究において、「指差誘導法(『出口はあちらです、あちらに逃げてください』と大声で叫ぶとともに、出口の方向に上半身全体を使って出口を指し示す避難誘導法)」と、「吸着誘導法(誘導者が自分のごく近辺にいる1~2名の避難者に対して『自分についてきてください』と働きかけ、その避難者をひきつれて避難する方法)」を用いたものがある。
結果としては、一定の制約条件はあるものの、「吸着誘導法」がより高い効率を実現できたという。
「吸着誘導法」の誘導者は、「てんでんこしている人々(率先して避難する人々)」にあたる。
「てんでんこ」している時は大声で避難を呼び掛けているから、「指差誘導法」の性質も持ち合わせている。
だから、「てんでんこ」は、それがもたらす波及効果によって、迅速かつ効果的に避難を促すことができ、みんなで助かる「共助」の知恵としても機能している。
「てんでんこ」が「自分だけ助かれば良いということでは決してない」というのは、こういうことから明らかである。
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